自分の第2のふるさとといえば、千葉県柏市です。大学時代から社会人の2年目くらいまでの約6年間をそこで過ごしました。



先日まで、3泊4日で新人研修の引率という形で久しぶりに母校である麗澤大学に行ってきました。思い出が詰まったその場所へ、まさかこういう形で訪れるとは思っていなかったので、わずかに桜も咲き始めて春の陽光が柔らかいキャンパス内を歩きながら、18歳の頃に強烈な不安の中、岩手から飛んできた日のことを思い出し感慨深かったです。



当時は、意識が薄かったのですが、私立大学に入れていただき、高校生までは野球などもやらせていただき、一体自分を育てるのに両親は何千万円の支出をしてきたのだろう?と考えるとぞっとします。お金という尺度で子育てのことを僕が気にしすぎることはないのだと思いますが、これまでは就職していながらも仕送りなんて全くできておりませんでしたので、今後は少しずつ借入金(笑)の返済をしていきたいと思います。




さて、三男のほうは、高校卒業と同時に就職しておりましたが、次男の方もついに大学生活に終わりを告げ、この春から社会人を迎えることになりました。医療機器の営業ということで、まずは宮城県の方に研修で数ヶ月住むことになったそうです。その後の配属先は盛岡の支社のほうだそうなので、3兄弟がついに岩手に揃い踏みです。彼は長男と違って要領がよく、人間関係においても敵を作らず、とても器用な人間で、おおらかなタイプなのですぐに社会人生活にも慣れると思います。この不況下の中で、すんなりと良い企業にめぐり合えて、ご縁をいただけたのですから、是非がんばって欲しいです。



研修後は、浅草に行ってきました。



年の始めにも浅草寺でクジを引いたのですが、そのときは「大吉」でした。そして、今回またクジを引いたら、また「大吉」でした!



全体的に「凶」が多く入っているといわれている浅草寺ですが、これは相当いい流れになって来ているのではないでしょうか!?



まぁ、神頼みはやめて、地道にコツコツと勉強しようと思います。



『銀河鉄道の夜』-旅立ち
↑ 弟と彼の車、春から新社会人として旅立ちます。




『銀河鉄道の夜』-浅草
↑ 浅草寺に滞在時間15分で弾丸ツアー。桜もわずかに咲いておりました。

失意の中、父に電話をした。



「東京でまた仕事先を見つけるのだとしても、岩手にまず帰って来い。真っ暗闇の中にいるときには、これまで自分が歩んできた道も否定的にしか捉えられなくなるが、今置かれている状況もそんなに人生の大筋からはぶれてはいないんだ。今回、こういう形でクビになったということにも、後から考えた時にプラスの意味があったんだと思えるようにポジティブに捉えることが大事だ。孤独感とか途方のなさによく耐えて頑張ってきた。「底」にいれば、人間的な感覚が薄れて、自分を責めて、本当の深い暗闇、自分の心の殻の中に閉じこもってしまう。そうなる前に、まず岩手に帰ってきて、ゆっくりと人の温もりに触れて、また次の舞台をゆっくりと探したらいい。まずは沖にあがれ。」



というような内容で話をされる。



今の時代の情勢下では、絶望の淵にいても、もうどこへも行けないという人も大勢いる。そんなことを頭の中で思い浮かべながら、沖にあげようとしてくれる人が自分にはたくさんいること。どこへでもいける選択肢を持てている自分の天運の太さに「生きたい」という欲望が身体の芯を突き上げるような気持ちになる。



結果として、今現在は地元の南部煎餅の会社で働かせていただいている。様々な方のご厚意と励ましと、「岩手に帰るな!」という説得との狭間で悩み抜き、東京で思い描いていた、未来へのイメージの全てを断ち切って、0からの新たなスタートを切ることを決意した。



自分は常日頃、目に見えない「糸」のようなモノが世の中にはあるような気がしている。偶然とも必然とも言い表せない。運命の「糸」。今回のひと顛末は、そういった大きな流れの中にあって見えない糸に引っ張られているような事柄だったような気がする。祖母が天国で「かんちゃんを助けなくちゃ」と操ってくれたのかもしれないが、何よりも自分を谷底からすくいあげてくれた○○製菓の方々には感謝の念が尽きない。この小さな自分の一生涯をかけて報恩の心を貫きたいと思っている。そして両親や兄弟にも感謝している。



日々の生活というのは、がんばったからと言って、うまくゆくとは限らない。報われるとは限らない。流した汗や涙の分だけ幸せをつかめるなどということもないと思う。



しかし、明日の自分へと投資ができるのは自分自身しかいなくて、何をしていようと、どこにいようと「自分を磨き続ける」ことは尊く清いことだと思う。



今は、大きなことも言わず、考えず、「鶏口牛後」となるべく少しずつ前進したい。




上京から7年、ただ一人地方から飛び出してきて、孤独感とも存分に戦いながら、振り返ればあっという間に月日が流れていた。



様々な人たちとのたくさんの出会いがあり、素敵な方とも数多く知り合えた。そういった人々との繋がりだけは、離れてしまっても大切にしたいと思う。



別れも多くあった。疎遠になってしまった人もいた。人生は「一期一会」という言葉の通り、人との関係も時とともに揺れ動くということを知った。



東京で学んだことを忘れないようにしようと思う。感動も、悔しさも、寂しさも、感謝も、人のあたたかさも。



今年のはじめに大切な彼女との別れがあり、絶望感に近い「うまくゆかない」大きな流れの中にいるような、悲しみの淵をさまよっていた。底深い後悔や自責の念に幾日か苦しんでいた。



そして、まだその辛さも癒えないうちに、会社から解雇を言い渡されることになる。



直後の2,3日は悔しさよりも圧倒的な恐怖感、危機感にさいなまれた。



日々を生活して行く希望であった彼女を失い、その時の自分にとっては生きている意味とイコールに近い「仕事」を失った。そして、お金もなかった。



「どん底」と言い表すには、自分はまだ若く、大げさかもしれないが、「底に近いもの」、その時感じること、得体の知れない虚無感。 深い暗闇を、この身をもって体感した。街中を歩いていても涙が出た。食事をすることも忘れた。



失意の中・・・(続く)