失意の中、父に電話をした。
「東京でまた仕事先を見つけるのだとしても、岩手にまず帰って来い。真っ暗闇の中にいるときには、これまで自分が歩んできた道も否定的にしか捉えられなくなるが、今置かれている状況もそんなに人生の大筋からはぶれてはいないんだ。今回、こういう形でクビになったということにも、後から考えた時にプラスの意味があったんだと思えるようにポジティブに捉えることが大事だ。孤独感とか途方のなさによく耐えて頑張ってきた。「底」にいれば、人間的な感覚が薄れて、自分を責めて、本当の深い暗闇、自分の心の殻の中に閉じこもってしまう。そうなる前に、まず岩手に帰ってきて、ゆっくりと人の温もりに触れて、また次の舞台をゆっくりと探したらいい。まずは沖にあがれ。」
というような内容で話をされる。
今の時代の情勢下では、絶望の淵にいても、もうどこへも行けないという人も大勢いる。そんなことを頭の中で思い浮かべながら、沖にあげようとしてくれる人が自分にはたくさんいること。どこへでもいける選択肢を持てている自分の天運の太さに「生きたい」という欲望が身体の芯を突き上げるような気持ちになる。
結果として、今現在は地元の南部煎餅の会社で働かせていただいている。様々な方のご厚意と励ましと、「岩手に帰るな!」という説得との狭間で悩み抜き、東京で思い描いていた、未来へのイメージの全てを断ち切って、0からの新たなスタートを切ることを決意した。
自分は常日頃、目に見えない「糸」のようなモノが世の中にはあるような気がしている。偶然とも必然とも言い表せない。運命の「糸」。今回のひと顛末は、そういった大きな流れの中にあって見えない糸に引っ張られているような事柄だったような気がする。祖母が天国で「かんちゃんを助けなくちゃ」と操ってくれたのかもしれないが、何よりも自分を谷底からすくいあげてくれた○○製菓の方々には感謝の念が尽きない。この小さな自分の一生涯をかけて報恩の心を貫きたいと思っている。そして両親や兄弟にも感謝している。
日々の生活というのは、がんばったからと言って、うまくゆくとは限らない。報われるとは限らない。流した汗や涙の分だけ幸せをつかめるなどということもないと思う。
しかし、明日の自分へと投資ができるのは自分自身しかいなくて、何をしていようと、どこにいようと「自分を磨き続ける」ことは尊く清いことだと思う。
今は、大きなことも言わず、考えず、「鶏口牛後」となるべく少しずつ前進したい。