今日会えたばかりのかんちゃんの声を聞くことも動く姿を見ることも出来ないとしても、側にずっと置いていたいから部屋に置いていて欲しいって言いたかったけど、あの小ささと赤さを見てたら、常温で居るとすぐにどこか腐ってきてしまうんじゃないか。
そう考えたらとてもじゃないけど、側になんて置いて居られない。
もし腐ってしまったら痛い思いをするんじゃないか。
こうして何度も触れる事も本当は痛いのかな。
もっと話しかけてあげればよかったけど、そんな心の余裕があるはずもない。
今にして思えば、後悔でしかないけれど。

しばらくして助産師さんが部屋にやって来た。
かんちゃんの手形とへその緒を持って来てくれた。
へその緒は木箱の中に入れてくれている。

助 『お母さん、赤ちゃんの名前が分からなかったから空けてるけど、かんたくん、で、よかったのかなあ〜?』

私 『そうです〜‼︎本当にありがとうございます‼︎』

かんちゃんの体重は145グラム、身長は19センチ。
16週と6日だったから週数の割には少し背が高かったように思う。

それでもとっても小さなかんちゃんの手形と足形。
写真を撮る私の親指ほどもない手形。

こんな小ささで、何を感じたかな。
胎児は何も感じたりしないのかな。
この手形をよく見ると、指と指の間に少しの血が付いている。
かんちゃんの血なんだなと思うと、そんな小さな血痕ですら愛おしい。
ずっとずっと消えないように、ラミネートしようと決めた。

そしてこんな風に早産、流産してしまった赤ちゃんにはみんなに残している手形なのだとしても、病院の皆さんに本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。

頭がいっぱいで手形を残して欲しいとか思いつくわけもないから、本当に本当にうれしかった。

だけど悲しみに暮れる時間もそんなには無い。
主人はもうすでに次の段階の説明を受けていて、病院からの死産証明書を持って市役所に死産届出書を出しに行ってくれていた。
それを受理してもらって火葬予約を取らなければいけないからだ。

朝産まれたばかりなのに、夕方には次の日火葬する準備に取り掛からないといけないなんて。

自宅に赤ちゃんを連れて帰って、火葬を先送りにされる方もおられますよと言われたけど、心はすごく傾いたけど、やっぱりさっきの問題が引っかかる。
それでもし腐ったりしてしまったら。
これに関しては賛否あると思います。

連れて帰られるご家族もいらっしゃるだろうし、これはあくまで私の無知ゆえの不安だったから、もっと胎児に知識があればこんな不安でもなかったのかもしれないし、正直本心では連れて帰りたかったけど、帰っちゃえば私きっと手離せなくなってしまうかもしれない。
その時もっと辛いのかもしれない。
だったら流れに身をまかせるほかないのかもしれないから。
深く考えることをやめた。
でも火葬を終えた今も、少し後悔している。

もっと話しかけてあげれば。
もっとふれあってあげれば。
棺に入れる物も自分で買いに行けなかったから。

私は母にもう一度連絡を入れてみた。
『最後になるから、顔見てあげてくださいって看護師さんもゆうてるよ』と。
母もやはりそれを考えていたみたいで、上の子たちを連れて会いに来てくれるらしい。

午前に産まれたかんちゃんとの残された時間はほぼ24時間ちょっと、その間に上の子たちや身内が次々と会いに来てくれた。

私たち夫婦のあとに初めに対面したのは長男、長男の彼女と長女、私の父、母。
かんちゃんを覆うタオルがめくられると皆絶句し、子供たちは大泣きし始めた。
思っていたより小さかった事に衝撃を受けたのだろう。そして思っていたよりしっかりとヒトの形をしていたかんちゃんが頑張ったんだと大泣き。

母も号泣だったけど、最後だからと抱っこもしてくれた。
私はといえばまだ、この手に抱く勇気が出ない。

その後、次男三男の双子コンビ、私の弟夫婦が来てくれた。
皆やっぱりかんちゃんを見た瞬間絶句する。
あまりにも小さいから。
双子たちは読んで字のごとく言葉を失っていた。
本当に想像と違いすぎたのだろう。

みんながかんちゃんが元気に産まれてくるのを楽しみにしていてくれたのが本当に伝わってうれしかったし、余計に辛くもなった。
明日は火葬。かんちゃんに手紙を書いた。
便箋も持っていないから、看護師さんに何でもいいから紙を下さいというと、わざわざかんちゃんの名前をローマ字で印刷した即席の便箋を作ってくれた。
ほんとにかんちゃん、みんながかんちゃんの事を、ママのことを考えてくれてありがたいね照れ
涙で字がにじむけど、伝えたいことの10分の1も書けなかったけど、少しだけだけど、手紙に書いた思いがかんちゃんに届きますように。