かんちゃんが産まれた次の日、今日は火葬の日。
嫌で嫌で嫌で。
昨日あんなにたくさんの事があってたくさんの感情を使ったから微熱も出てきてる。

そして何よりわたしはまだこの手にかんちゃんを抱けていないのだ。
早く抱っこしてあげないとかんちゃんがいなくなってしまう。
いや、正確にはもういなくなってるんやけど、少しでも形だけでも残したいと思うのは往生際が悪いのだろうか。
本心を言えば、火葬なんかする前に指一本でもいいからちぎって持って帰れないかとか、エゴイストにも程がある。
もちろんそんな事をしてはかんちゃんが痛いのはこれ以上嫌だし、頭では分かっているんだけれどなんとかして自分のもとにかんちゃんの肉体を残したい。この葛藤は正直本当に辛かった。
人道的な観念と常識が、少しでもかんちゃんの一部を残したいと渇望する私を塞き止める。


昨日の夜、娘からLINEがきていた。
明日はママとここでみんなでちゃんと抱っこしたろなって言ってくれていた。
もうこの手に抱くことはできないのだから最後に抱っこしたいのに、気持ちが追いつかない。
でも9歳の娘が言ってくれているんだから。
娘の到着を待った。娘が来たら、がんばろう私。


しばらくして娘が到着。
過ぎてほしくない時間は本当に早く過ぎるもので、14時には病院を出ないといけないのにもう12時半。
納棺の前に少し余裕を持ってかんちゃんを連れてきてもらった。

タオルを捲ると、昨日より少しかんちゃんの頭が赤く腫れているように見えた。
同時に後悔。昨日のほうがキレイだったかんちゃん、キレイな間に抱っこしてやれなかったのは本当に後悔に繋がってしまった。


手のひらを広げて、かんちゃんを乗せてもらう。
本当に本当に冷たいし小さい。
だけどしっかり重たい。こんなに儚くて愛おしい145gを手にしたことはない。
本当にかわいい。可愛すぎて混乱しそうになるくらい。
だけど少しも傷付けたりしたくなかったから、不思議と集中していたのか涙は出なかった、助かった。
かんちゃんを抱いたまま泣いたりして自分が取り乱してしまえば納棺どころでない。
娘にバトンタッチ、娘も慎重に抱っこする。
この瞬間が永遠に続けばいいのにと思った。
このままかんちゃんを、自分のそばにずっと置いていられたらいいのに。


納棺が始まる。
納棺の少し前に私の仲良しのお姉さん的存在の人がお花を持って会いに来てくれた。

主人もお花を買って来てくれていたから、茎を短く切ってもらって詰めていく。
時間がない中バタバタと折った折り紙や手紙を詰める。

はじめに看護師さんから『納棺する箱が少し大きめなので、できるだけたくさんの物を入れてもらえると、赤ちゃんゴソゴソにならなくてすむので良いかと思いますウインク』と説明を受けていたのでできる限り…と思ったけどお花と折り紙でけっこういっぱい。
そこにわたしと主人からのお手紙を入れて棺を仕上げていくと看護師さんが『良かったね〜こんなにたくさん入れてもらったら寂しくないね〜』とかんちゃんに語りかけてくれる。
ありがとう、本当にありがとう。
かんちゃん、寂しくないかな?あとでたくさんの家族がかんちゃんとお別れしに来てくれるからね。
この時は不思議と涙が出なかった。
それどころかこんなにたくさんのお花や折り紙手紙で彩られたかんちゃんを見て少し微笑ましいような不思議な感覚に陥った。
かんちゃんも本当に寂しくなかったのかもしれないなあ。