かんちゃんが私のお腹から居なくなったのは4月21日。
それまで私はもちろん、主人や子どもたち、身内、お友達、本当に何人の人にお腹を触ってもらったんだろうという程、誰かに会うたびに気にかけてもらってきたかんちゃん。
聴覚も出来上がっていた頃だと思うから、かんちゃんを待ちわびるたくさんの声も聞こえてきたりしなかったかな〜?
今回の事が起こる前に4人の子を出産した経験があるから、赤ちゃんが過ごしてきた大きくなった子宮を収縮しながら元のサイズに戻すために産後やって来る『後産』。
経産婦であればある程痛いと聞くし、大きければ大きいほど収縮するチカラが強いとするから、双子出産の後や長女の時はそりゃあのたうち回ったものだ。
かんちゃんは16週でこの世に産まれて来てしまったから、そんなに子宮が大きくなっていない。
皮肉なもので、そんなに大きくない子宮はやはり収縮が弱いので痛くないし何かいつまでも子宮の大きさが変わっていないように感じた。
かんちゃんがいなくなる前といなくなった後、お腹に手を当ててもあまり変わりがないから余計に悔しくなる。
テレビで毎日放映されている赤ちゃん誕生シリーズ。
『ああ〜この子達も頑張って産まれてきたんだなあ〜』
すっごく元気に泣いてたくさんの表情が見える。
火葬場のトイレに行ったときもそうだ。
『紙おむつはコチラへ』と書いてある。
たったそれだけ、それでもすこし動悸がする。
改めて思うと、今の日本は本当に子育てや高齢者の目線で構築されていると言っても過言ではなくなってきたと思う。
一歩外に出るだけでも普段当たり前のように見過ごしてきた『赤ちゃんへの施設や情報』がたくさんあり過ぎて、私の動悸が止まらないからだ。
火葬が終わって次の日、予定の輸血を終えシャワーOKが出たので試験的に車椅子で売店まで行くことになった。
病棟を出るとすぐに一人の妊婦さんが看護師さんに付き添われてゆっくりと歩いている。
はじめはただ移動するのかなって思ってたけど、売店の帰りにも出くわした。
時折苦しそうにしてる。
『ああ、今から産まれてくるんや…』
その妊婦さんと目があった私は思わず
『頑張って‼‼‼』
妊婦さんは笑顔で会釈してくれた。
私はといえばダメダメなやつで、涙がぽろぽろとこぼれてきてしまった。
その後何時間か経った頃、病棟内に元気な産声が響く。
あ〜無事に産まれたんやなあ〜…またぽろぽろ涙が出てくる。
私が入院していたのは『MFICU母体胎児集中治療室』という病棟。
名前でも分かるとおり普通の病棟ではないから日々不安を煽るような音が聞こえてきたり、それは私の時もしかり、他に入院していたお母さんに多大なる不安を与えただろう。
入院していた約6日間何人かの産声を聞いたし、緊急事態を表す音が聞こえてくる事もあった。
産声が聞こえてくるとその元気さに、また涙がぽろぽろ。
でも、辛いからじゃない。
かんちゃんがいなくなったのに、、とかじゃない。
私は感動して、涙が止まらないのだ。
これは本当にキレイ事なんかじゃない。
本当に心から、産まれてこれた命に感動しているだけ。
例の妊婦さんとのやり取りがあった時もわたしはぽろぽろ泣いてしまったからすぐに下を向いて隠した。失礼すぎる、妊婦さんびっくりするやんって思ったから。
すると看護師さんが『ママ、まだ辛いに決まってますよね…』と言葉を詰まらせた。
私はとっさに
『違う違う!本当にそういう事じゃないんです!辛くない、お願いそういう涙じゃない!』
今確かにこの世の中の赤ちゃんに関するワードは全て敏感に察知して動悸がしたり物思いにふけることはあるけれど、それが全てネガティブな感情でないことだけは私が全身で感じているから。
このブログを書いてからもお友達や知り合いの方、ママ友さん達が本当にたくさん連絡をくれる。
みんな揃って、『かける言葉がないよ〜
』
『赤ちゃんもyaaiもよく頑張ったね!』って声をくれる。
中には悲しみに暮れる私を予想して連絡を控えてくれる方まで。
だけど本心を言えば、気を使われる事の方が辛かったりするから。
気を使われて辛くなるのは、気を使ってくれた人の気持ちを思うから。
本当に本当に本当に私は今、元気です
みんなからのたくさんの思いやりが詰まった言葉が、それがめっっっちゃくちゃ嬉しいし忘れないし、私も誰かに悲しい事があった時こうありたいと思う。
主人の恩師の奥さんは
『死んだ我が子は心の中でしか生きられないから忘れずにいる事。そして自分自身がいつか死んだ時に会えるんだから、その時にママは良い人生だったよと教えてあげられるこれからの人生を楽しみに生きて。』
と、主人にLINEを送ってきてくれたらしい。
他にもたくさんの方が大切な言葉をかけてくれる。
その度に泣けるけど、これは悪い涙なんかじゃない。
かんちゃんを思い出して泣くんじゃない。
かんちゃんや私が、こんなにたくさんの人に思いやりをいただける事に泣いているだけ。
良かったね〜かんちゃんは本当に幸せ者。
わたしも同じ。幸せ者。
生きていると人間は知らずのうちに傲慢になっていく。
妊娠して出産するのは当たり前の事じゃない。
それを知ったのもほんの1週間前。
上の子たちへの意識も少し変わったように思う。
今生きてるからって当たり前じゃない。
いつ、何が起こるのか。
そして何かが起こってしまったらそこからの時間は驚くように早い。
人生なんて本当に容赦しないのだ。
あと1日待ってが叶わないから。
たとえ1秒でさえさらっていってしまう。
朝になれば眠りから覚めるように
生けるものには必ず終わりがくるから。
それがいつになるのか誰も教えてくれない。
だから少しでも今を大切にできる感性を培うべきだと思う。
人を思いやることは大切、だけど自分を他人に伝える事も大切。
かんちゃんを失う前と今では自分の価値観が変わりすぎてちょっと笑ってしまいそうにもなるけれど、今元気に暮らしている家族が元気でいられる事自体こそが本当に幸せなことなんだなと、16週で居なくなってしまった小さな大物かんちゃんが教えてくれたんだと都合よく、理解する