長女の成人式の思いを綴ってから、3ヶ月近く更新していなかった。

なんとなく、文章に表すことに戸惑いを感じた。


自分が今何を思い、何を残したいのか・・・

複雑な心境の中、言葉にすると何か嘘臭い感じがしてブログから離れた。

今もその気持ちが払拭できた訳ではないが、備忘録として残しておこう。


ブログ更新から遠のいていたこの3ヶ月あまり、とにかく忙しい月日だった。

仕事面では、消費税改正に伴う消費の波に紛れもなく呑まれた感じだ。

その忙しさの中での休日を使って、長女ノンタンの引越し。

1年間という短い間だったが、親元を離れての暮らしの中で、きっと何かを感じてくれたことだろう。

われわれ親もまた、子どもと離れて多くを感じさせてもらった。

でも、人間ってどうしてこうも現実に振り回されるのだろう。

たった2ヶ月の間に、離れていたときの思いをすっかり忘れてしまい、お互いまたもとの状態に戻っているf^_^;)

それが悪いという訳ではないが、あの時感じた互いへの思いを、日々の暮らしの中で少しだけでも表現出来たら、もっと優しく接することが出来るのに・・・

と、以前のように口喧嘩をする母娘の様子を見て思う今日この頃である(^◇^;)



忙しさということもあるのだろうけど、自分も含めて、なんとなくそんな思いやりということのズレを感じて、なんだか鬱々とした数ヶ月を過ごした。

おかげで夫婦喧嘩も絶えないf^_^;)


そんな中で迎えた今年のゴールデンウイーク。。。

特別なイベントもなく、なんとなく過ぎて行きそうな感じだ。


父は父なりに自分の予定を立てた。

第一日目は、次女もータンとショッピング。
ゴールデンウイーク明けにジャニーズのコンサートに行く予定があり、そのための洋服やら応援グッズやらの準備で頭がいっぱいのようだ(^^;;

第二日目は、長女ノンタンの車の運転の教官役。
高校卒業と共に免許を取得したが、この2年間は東京の学校に通っていたため、ほとんど乗る機会がなかったので、そのブランクを経ての再デビュー。

昨日ノンタンの運転で、ちょっとドライブしてみた。
2年間乗っていなかった割にはかなりの出来栄え。

あと数回乗れば慣れるだろう。
ただ慣れたころが肝心だから、事故だけは起こさないように気を付けて乗ってね。


そして一昨日の晩、先月から新たに始めたノンタンのバイト先に行って来た。

本場大阪で修行をして来たオーナーが、先月オープンさせた串カツ屋さん。

そのオープニングスタッフとしてノンタンが採用された。
高校時代から飲食店でバイトしていた経験が活かせるところだ。

オープン時期ということもあり、連日バイトから帰宅する時間も終電に間に合わない。

そんな状況で大丈夫か?


いくつになっても親の心配は絶えない。
と言っても、今回は母親の方が気が利きでない様子。

もう親がどうこう言う歳でもないので、様子見という訳でもないがバイト先に行ってみた。


普段娘が社会の中で立っている姿を見る機会はあまりない。

成長した姿が見れる嬉しさもあるが、社会での窮屈さを感じる父には、学生生活を経て、これから向かうであろう社会の波に自らの足で立とうとする娘の姿が切なかったりもする。

もちろん、もう親が助けてあげられることはあまりない。
心の支えとそっと見守るだけ。。。


バイト先では当然のごとく、家での顔と違う娘の姿がある。
学校とバイトの二重生活。
時間と体力をより消費している。


「学業が本業なのだから、その辺をよく考えてバイトのことも考えなさい。」

連日帰宅の遅い娘に、そんなことを言うつもりだったのかもしれない。。。


でも、働いている娘の姿を見て、娘もまた自分なりの思いを持って取り組んでいる。

父はこの歳になっても、そして人の親になっても、子どものことを思っている顔をして、もっともらしく世間の一般常識を語る親が大嫌いだ。

だから娘にもそんなつまらないことを言いたくない。
言うつもりもない。
人生の中で、父として娘に伝えたいことはそんなことではない。

でも、父にも教えられないことがある。
それは家族以外の人との関わり。
そして、父が経験出来なかったこと。

娘のこれからの人生の中で、学ぶことはたくさんある。
これからは親から学ぶことよりも、社会の中で出会った人たちから学ぶことの方が多いだろう。

娘が選んだバイト先も、そんなことを感じさせてくれる人たちだった。


特にオーナーから学ぶことはたくさんあるだろう。
人の強さであり、人の優しさであり、そして自分に正直であること、そんなことをこのオーナーから、そしてこの環境から感じて欲しい。


少しずつ親が直接伝えるべきことも少なくなってくる。

伝えたいと思うのはある意味親のエゴかもしれない。


親が思う程、子どもは弱くない。
自分で思っている程、強くもない。


親として、少しずつ距離感を図りながら、これからの成長を見守りたい。。。

子どもが自らの思いを持って、
自らの足で、
自らの人生を歩いて行けるように・・・












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長女ノンタンが成人式を迎えた。。。


『だからって何が変わるの?』


自分がその歳のころに感じた成人式への思いだ。



式場に送りに行き、たくさんの新成人を目にした。

同じ日に成人式を迎えるといっても、
人それぞれの時間の中でこの日を迎えたのだろう。



わずか20年という歳月の間にも、
人の人生は同じように流れては行かない。

生まれ育った環境、またそれぞれの境遇の中でさまざまなかたちで成長して行く。



ならば、娘もまた自らの人生を自らの思いを頼りに歩いて欲しい。

誰もがそれぞれの時間を生きて来たように、
これからもそれぞれの人生を生き抜かなければならない。



それは他人との競争でも、勝ち負けでもない。
自分との戦いでもない。


ただ自らと向き合い、自分の心が示す方向へ自ら答えを見つける術さえあればいい。

他人の尺度など気にせず、信じるべきもの、愛するべきものは『自分』であることに気付いて欲しい。



親はいくつになっても子供のことは心配でならない。

親の目の届くところで、親の思う方向へ進んでくれたらそれに越したことはないが・・・



真の親の愛とは何だろうか?




愛する人を体を張って守らなければならない時もあるだろう。

でも、長い人生の中で多くはただ見守ることが親の愛であるように感じる。



愛するものを信じて見守る・・・




言葉ほど容易いものではない。

親父もこの歳になってもまだ自分との葛藤の中にいる。


娘に偉そうなことなど言えない。。。



それでも伝えたい。

どんなときも、いつだって父母はきみを愛してる。

そして、ずっと見守っているよ!



親としてもひとつの節目を迎えたのかな・・・







iPhoneからの投稿
あっという間の3日間。。。

3泊4日の家族揃ってスキー・スノボー旅行も、今日が最終日。


photo:01



スキー・スノボー以外何もしていないが、この旅行でたくさんのことを感じさせてもらった。


家族が一緒にいられる幸せ・・・


昨年長女ノンタンが東京で一人暮らしを始めた。

この春から地元の専門学校に通うため、来月引っ越して来る。


たった一年足らずだったが、この一年で大きく変わった。

『成長した』

単純な言葉を探せばそういうことになるけど、それとはちょっと違うんだと思う。


きっと感じ方が変わったんだろう。


以前はプチ反抗期ということもあって、家族の中でもあまり話しをしなかったが、
その時期も過ぎ、家族と離れた経験から、彼女なりの何かを感じ取ったんだろう。


ノンタンの変化から、我が家の家族のかたちがまた少しはっきりとして来た。


ノンタンは自分へのこだわりを持つ子。
これからの人生の中で、そのことが良いこともあるけれど、それで苦しむこともあるだろう。。。

父に似ている・・・

意識は自らに向かいながらも、周りへの思いやりを感じ始めている。。。


次女もータンは、お姉ちゃんに代わり、いよいよプチ反抗期突入!

でも、彼女は家族の中でもとても重要な役割を果たしてくれている。


いつもお姉ちゃんの影に隠れてしまうが、まわりの雰囲気を良くみて、場を和ませてくれる。

母親とのやり取りは実に微笑ましい。


彼女の屈託のない笑い声は、我が家を明るくしてくれる。

オシャレ以外にも、自分磨きに目覚めてくれたら・・・

ささやかな親の願いf^_^;)


そして母親nomoママ。。。

実に自らの感情に正直だ。
感心する程、ストレートに
楽しむ時には楽しみ、怒るときには怒る。


我が家のイベントのほとんどをプロデュースしている。

大変さもあまり見せず、常に家族の行動を考えてくれている。


nomoママがいるから我が家はいろんな経験ができ、たくさんの思い出を刻んで行けるのだろう。。。

笑いも驚きも、あんなに正直に声に出せるなんて羨ましい(^◇^;)

でも、もータンとnomoママの笑い声は、我が家の幸せの証・・・


それぞれの家族の役割みたいなものを感じながら、nomoパパの2014年は始まった。

自分の役割ってなんだろう?
あまり役に立っていないなf^_^;)


それでもやっぱり家族大好き。。。


ノンタンともータンが一緒にリフトに乗っている姿も、
nomoママがみんなにいじられながら笑っている姿も、
すべてが愛おしい。。。


父がとんな存在だったか、それは娘たちがいつか感じることだろう。

そのことを父自身が知る必要もない。


本当の幸せとはきっと、どれだけ愛されているかではなく、
どれだけ愛しているかなんだろう。


家族の中心で、いつもそう感じている・・・