【文科省が小中学校の国語の授業を削減へ。
AIを仕事にする僕が「国語だけは削るな」と言う理由】
・文科省が小3〜中3の国語や算数のコマ数を3〜4%削減する方針。情報教育を増やすため
・AI専門の僕は情報教育は賛成。しかし国語から取るのは順番が逆
・歴史上、侵略者は軍隊より先に「言葉」を奪う。国語力の低下は国力の低下
文科省が、2030年度からの次期学習指導要領で、小3〜中3の各教科の授業コマ数を一律3〜4%削減する方針を示しました。
国語も算数も理科も対象です。
理由は、情報教育の拡充。
中学に「情報・技術科」を新設して、AIやプログラミングを教える時間を作るためです。
僕はAIを専門とし、オンライン大学もやってる人間です。
情報教育の拡充で一番得する側の人間です。
しかし、そんな僕が言います。
!!!
情報教育より国語が大事
!!!
情報教育はやる。
しかし、国語は削っちゃダメです。
この両立を考えるのが大人の仕事であって、
「増やすからどこかを削る」は思考停止です。
国語だけは、絶対に守らなければいけない「教育の聖域」です。
■ 国語は教科じゃなくてOS
まずは構造の話。
数学の教科書、何語で書いてありますか?
理科の実験手順は?
英語の文法解説は?
プログラミングの入門書は?
そう。
全部、日本語です。
国語ができない子は、他の全教科を「読めないまま」受けてるんですよね。
国語は、教科の1つじゃありません。
全教科を動かしてる「OS」、つまり土台です。
つまり、上記の新教育方針は、例えるなら
「OSを削ってアプリを増やす」というやりかた。
本末転倒。
スマホで例えるなら、OSのアップデートを止が止まってるのに、
新しいアプリを詰め込むようなもん。
いや、動くわけないやろ。
■ 侵略者は軍隊より先に言葉を奪いにくる
歴史の話をします。
「言語なんて、そんなに大事?」
と思う人は「支配する側」が言語をどう扱ってきたかをぜひ知ってください。
1492年。スペインの学者ネブリハが、世界初のカスティリャ語(スペイン語)文法書を女王イサベルに献上して、序文にこう書きました。
「言語は、常に帝国の伴侶であった」
どういう意味か?
軍隊が取れるのは、土地だけ。
人の頭の中までは占領できない。
しかし、行政も裁判も学校も「征服者の言語」にしてしまえば、現地の人は出世のためにその言語を学ぶしかなくなる。
2世代、3世代たつと、征服者の言語で考える人間が育つ。
そこで初めて支配が完成します。
もう軍隊は必要ありません。
剣は土地を奪う道具。
言語は頭の中と時間を奪う道具であると。
だから帝国が侵略戦争を仕掛け領土を広げるとき、
言語は武器と共に必ずセットでついていく。
それが「伴侶」の意味です。
証拠は今の世界。
スペイン帝国はとっくに消えましたが、中南米の約20カ国は、500年たった今もスペイン語を話してます。
軍隊は撤退しても、言語は残る。
そして日本も、実は征服側です。
台湾では日本語を「国語」にして、家庭内まで日本語を使う家を「国語家庭」として認定し、配給や進学で優遇しました。
朝鮮では1938年に朝鮮語を必修から外し、1940年には名前まで日本式に変えさせました(創氏改名)。
言葉の次は名前。支配の定石です。
国内でも、沖縄などの学校で方言を話した子に「方言札」を下げさせてます。
つまり日本は、言葉が支配の道具として機能することを、自分でやっていた国なんです。
その国が、今は自分の国語を自分で削っている。
タチの悪い冗談みたいです。
あるいは既に「どこか」に侵略されているのか?
言葉を失った民族は、自分の頭で考える道具を失い、支配者の言葉で考えるようになります。
言語が国力の核であることを一番理解してたのは、侵略者たちなんです。
■ 言葉で生き延びた国もある
反対の実例も。
ポーランドは、1795年に地図から消えました。
ロシア・プロイセン・オーストリアに分割されて、国家として存在しない期間が123年続いた。
それでも1918年に復活しました。
占領下でポーランド語と文化を守り抜いたからです。
国土がなくても、言葉が残ってれば、国は残る。
もっとすごいのがヘブライ語。
2000年近く日常語としては死んでいた言語を、19世紀末から復活させて、今のイスラエルの公用語にした。
言葉の復活が、建国の柱の1つになりました。
「言葉は、国家より頑丈」なんです。
■ 日本が植民地にならなかった理由の1つも国語
で、改めて日本の話。
明治の日本人がやった最大の発明の1つが、翻訳です。
「自由」「経済」「社会」「哲学」「科学」。
これ、全部明治期に作られた翻訳語です。
福澤諭吉や西周といった知識人たちが、西洋の概念を片っ端から日本語に変換した。
その結果何が起きたか?
日本は、母国語だけで大学の最先端まで学べる、世界でも数少ない国になりました。
これ、当たり前じゃないんです。
多くの国では、高等教育に進む=旧宗主国の言語に乗り換える、です。エリートと庶民の間に言語の壁ができて、知識が国民全体に染みない。
日本は、農家の子も商人の子も、日本語のまま最先端の知識にアクセスできた。
非西洋で植民地化を免れて近代化できた要因の1つは、この「国語の防波堤」だったと言われてます。
先人が翻訳で築いた防波堤を、令和の我々は自分の手で3〜4%ずつ削っている。
歴史を知ってると、その異常さがわかります。
■ AI時代は「国語力」で格差が広がる
「いや、これからはAIの時代でしょ。
国語よりプログラミングとか?」
逆です。断言します。
僕は毎日AIを使い倒して仕事してますが、AIの性能を引き出す力の正体は、国語力です。
AIへの指示、プロンプトって、言語化そのものです。
やりたいことの言語化、要件定義力。
東大首席より優秀なAI秘書が月数千円で雇える時代に、指示を言語化できない人は、その秘書からも1円の価値も引き出せません。
そしてもう1つ。
AIが文章を無限に生成する時代は「読む力」の時代にもなります。
本物と偽物、深い文章と薄い文章を見分ける読解力がない人は、AIの出力にもフェイクニュースにも騙され続けます。
つまりこれから起きるのは、国語ができる人とできない人の格差の拡大です。
使う側と、使われる側。
読む側と、読まされる側。
決める側と、巻き込まれる側。
その境界線が、国語力なんです。
ちなみに日本の15歳の読解力は、直近のPISA調査(2022年)でOECD加盟国中2位。いまだ世界トップ級です。
まだ強い。
強い力を削るなんてナンセンス。
■ そもそも「増やすから削る」の発想が貧しい
というかそもそも、根本の話。
情報教育を増やすから他を削る。
ここが違うよねと。
僕は実は「詰め込み教育」に賛成の人間です。
子どもには、いっぱい勉強させた方がいい。
なぜそう言い切れるか?
僕「ゆとり世代」なんですよね。
学習内容が3割削られて、週5日制になった最初の世代。
「勉強量を減らされた世代がその後どうなったか?」を、当事者として、同級生や下級生たちの人生込みで見てきました。
だから言えます。
勉強量は大切。
子どもの勉強量や教育にかけるコストを減らして、
いいことなんて何もない。
学びの総量を増やす方向で知恵を絞るのが筋であって、限られたパイの取り合いで、よりによってOSである国語を削減候補に入れるのは、二重に間違ってます。
■ 結論、国語は削るな
まとめます。
情報教育の拡充は、正しい。AIを使える子どもを増やすのは、国の急務です。
僕が言ってるのは1点だけ。
その時間を、国語から取るな。
侵略者が真っ先に奪いに来たものを、削減候補に入れるな。
他国にやられたら国の危機と呼ぶことを、自分の手でやるな。
国語は、全教科のOSで、国の防波堤で、AI時代の最強の武器です。
わが子に何か習わせたい親御さんへ。
プログラミング教室の前に、まず本を読ませてください。
大人のあなたへ。AIを使いつつ、言語化能力も鍛えてください。
下品なショート動画から離れて、良質な本をゆっくり読みましょう。
こういう話は公式LINEでもっと詳しく配信してます。コメント欄から登録どうぞ。
それでは今日はこのへんで。
長文読んでくださり感謝します。
明日も、よい人生とよい旅を!