歎異抄にであう | ぷかぷか ゆらゆら

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あらがうことなく流れのままに

Eテレの『こころの時代』で

4月から月1回歎異抄を

解説してくださっています。

 

今回は特に感銘しました。

 

宗教を信じると

幸福になれる

のではなく

不幸も見えて来る。

 

幸福と不幸を対等に

見ることができるように

なるのが宗教。

 

親鸞聖人は

私には弟子は一人もいないと

おっしゃっていたそうで

どういうことかというと・・・

 

信心は念仏によって

(唱え続けることで)

阿弥陀如来さまより

賜るもの。

 

念仏によって阿弥陀如来さまの

真の心が伝わる。

私の中に真の心が存在する。

 

自分が与えたものではない

という意味だそうです。

 

なるほどなぁ~と思います。

 

親鸞聖人の息子さんは

親鸞聖人から

特別な教えを自分だけ受けたと

吹聴していたことで

親鸞聖人から親子の縁を

切られたそうです。

上の話からすると

なるほどです。

 

でも、『よき人』は大事とも

説いていたそう。

親鸞聖人にとっては

法然上人がよき人。

 

よき人とは

自分の求める気持ちに

応じた『教え』を

説明してくれた人。

 

よき人は求めた人が

決めることで

人によって違うし

よき人が初めから

存在するわけではない。

 

多くの宗教集団の

指導者は

最初から『よき人』として

君臨しているが

本願念仏においては

成立しない。

 

なるほどなぁ~と

深く共感しました。

 

教えを説く人は

ありがたいけど

その人が神でも

仏でもない。

 

そこを間違えないように

心がけることは

大事ですねぇ…

 

再放送は

7月23日午後1時から

あります。

 

直接見て頂く方が

もっと深く知れると

思いますのでぜひ~