不甲斐ない元締めと商売の基本
不甲斐ない元締めってどこの事かと言うと葬儀における組織全部です。
全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連)
とか
仏教会とか。
前回も書きましたが不甲斐なさすぎます。
どのくらいかというと、この人たちには何の発言力もありません。
良い風に捉えるなら権力集中していない。
しかしこの業界はそんなもの一切の意味を成しません。
そもそも業界としてあまりにも未成熟というのは以前から書いてきました。
全国各地で風習が違い、それにより葬儀自体が安定したものではないという事も大きな原因なのかもしれません。
しかしそれにも増してただただ儲けたいが為の行動が余りにも大きすぎる事、国からの法整備や資格などが無い事。
この要因によって自ら成長する事を拒否してきたのがこの業界です。
元々葬儀という物は大変な事ではありましたが高価な物ではありませんでした。
大変な部分を葬儀屋が請け負う事によってある程度の金額の上昇というのは仕方のない部分だとは思いますが、高度成長期などに合わせてどんどんと派手な物になって行き、バブルに突入するとそれは更に過熱し実態に全く合わない値段に落ち着いたのです。
未だにバブルの感覚が抜けて居ないが為にお客さんは高いと感じています。
業界の人間からしたら当然の話しです。
商売の基本。
商売というのは基本的には模倣したらいいんです。
どこかが革新的な事をしたらそれを真似したら知名度のある所から売れます。
何を言いたいのかというと小さなお葬式がこじんまりとしたつつましいお葬式をそこそこの値段でやったんだったら大手はそれを真似たら小さなお葬式がここまで流行る事はなかったんです。
それを何を勘違いしたのか、
あんな売り上げ的にも見た目的にもしょぼい葬儀はうちではやらん。
そう考えたのが傲慢だとは本人たちは感じなかったのでしょうか?
むしろ今でも感じていないのかもしれません。
結果は明らかでした。
葬儀というのは1人の人が何回もするものではありません。
たった一人の為に1回だけ行う物です。
そのたった1回を勝負すらせずにみすみす明け渡したんです。
人間というのは単純な物で、代わりを見つけたらそっちでもいいやって思っちゃうんですよね。
そもそもの数に限りがある商売でたった1回を大切にしないというのは致命傷です。
買う買わないという次元の話しでは無くて必要の無い人にとっては何があっても要らない物ですから。
新築で豪邸を建てた人に家を売るよりも難しいです。
小さなお葬式をのさばらせるくらいなら全葬連が全く一緒のプランを加盟店にやらせたらいい。
今のIF共済なんて大昔からあるのに知名度なんて小さなお葬式以下ですよ。
お坊さん便でもそう。
文句を言う割には少額で仏教会が請け負ってくれるんですか?
檀家ではない故人の為に仏教会が相談すら受けたことあります?
相談する相手も依頼をする相手も居ないからお坊さん便を頼んでいるとは考えないのでしょうか?
葬儀屋さんに聞いたら紹介してくれますよとか寝ぼけたこと言ってるんちゃいますか?
何度でも言いますけど商売の基本は模倣です。
新しい革命的な商品を創る事も大切ですけど葬儀業界でここ最近革命的だったのっていったいなんですか?
花祭壇くらいのもんじゃないですか?
新しい物を作り出せないのなら流行ってるものを模倣してみたらどうですか?