関西の葬儀の闇 -12ページ目

関西の葬儀の闇

関西地方の葬儀業界の闇をご紹介!

文化というのは積み重ねです。


最近色々な葬儀関係者の方のブログ等を見ていますと文化のごり押しが酷いです。
文化というのはそれこそ長年積み重ねて出来上がる物。
じゃあ葬儀というのは長年積み重ねてきた何かがあるのでしょうか。
私の感覚から言わせて頂けば無いです。

確かに葬儀という物は長年の歴史はあります。
しかし長い年月やって来た割には中身はバラバラです。

地域ごとにやり方が違うとよく言われますが、今流行っている小さなお葬式とか見てください。
プラン内容は全国統一です。
それでもかなりの件数が出ています。

こういった事からも私から言わせてもらえば、葬儀の文化がどうたら言ってるのは葬儀屋の言い訳でしかないんです。
本当に守らなければならないほどの文化というのは昔から姿が変わりません。

しかし事葬儀に関して言わせていただくと姿形が変わりまくっています。
最近では祭壇横の銀屏風を飾る葬儀屋なんてほぼ無いですし、提灯なんてほんとに見ないです。
なんならお棺に掛ける金襴すら持ってない葬儀屋もありますし、修多羅や守り刀も飾りません。
葬儀屋によってはお花ですら造花を飾る葬儀屋まで出てきている始末。

こんな状態で文化がどうたら言っても説得力が無いんですよ。

お坊さん等の宗教者と葬儀屋の2重チェックになっているはずが、お坊さんですらほとんどが葬儀屋の言いなりです。
新しい葬儀会館が出来たら近隣のお坊さんが菓子折り持ってあいさつに行く。
こんな体たらくで一体何を守ろうというのか。


葬儀というのは関わっている人はわかると思いますが、中身については5年ほどの周期で変わっています。
先ほど書いたような無くなった物も多数ありますし、わかりやすい物で言うなら白木の祭壇が最近ではほとんどが花祭壇に変わっています。

文化がどうたら言うのなら昔ながらの物は変えちゃダメなんですよ。
白木の祭壇の一つ一つに意味があるのにそれを花祭壇で表現できているのでしょうか。

そういった根本的な物を変えてしまっているのに文化がどうこう言っても、自分達の都合の良い部分だけを抜き出して文化を盾に喚いているだけにしか感じ取れませんよ。

白木の祭壇なんて物によっては何百万としますが花祭壇なんて維持費も購入費も一切かかりませんから、葬儀屋からしたら花祭壇の方がかなりお得なんです。
リスクを全部花屋に押し付ける事に成功したと言える状態なわけです。


本当に文化を守りたいと思っているんでしょうか。
それなら葬儀文化保全委員会(適当)とか作った方が有意義だと思うんです。
見ていると私なんかはメモ代わりにブログを書いているだけですが、みなさんかなりの読者数を抱えていらっしゃる。
それならインターネットで会員を募って行動に移したらいいのにと本気で思います。

結局は私みたいにただの愚痴を書いているチラシの裏なだけで何もやっていないのと変わらないと思うんです。


文化を守りたいと仰ってる割にはやる気がないんですね。