関西地方の葬儀の闇 | 関西の葬儀の闇

関西の葬儀の闇

関西地方の葬儀業界の闇をご紹介!

何がわからないのかわからない。


葬儀というのは参列するにしても、喪主となるにしても早々ある事ではございません。
となってくると起きる現象は一つ。

「わからない事があれば何でも質問してくださいね。」
こう言ってくれる葬儀屋さんはすごく多いと思います。
でも皆さん何が判らないのかが判らないんです。

葬儀屋さんのホームページを見てもそうで、大体葬儀屋さんのホームページを見ると料金体系というのは大きく二つに分かれます。

A 葬儀屋さんが独自にプランを用意しておりそのプランから選んで葬儀を行う。

B 大体の骨子は決まっているが1つ1つの商品を組み合わせてお客さんが独自に葬儀を決める。

この二つです。

A案の場合はお客さんは決まった値段とプランから選択するだけなので楽ですが、その代わりとして値段の細かな調節が効きません。

B案の場合はもうちょっとだけ値段を下げたいとなった時にどこか一部分の値段を下げる事が可能な事が利点です。



これだけで見ればB案の方が値段の融通も効きますしそっちの方がよく見えるのですが、問題点として一番最初に挙げた何がわからないのかがわからないという問題にぶち当たります。

と言うのもお客さんからすれば、葬儀に何が必要なのかわからない。
普通の葬儀はどんなのかわからない。
どこまで豪勢にすれば恥をかかないのかわからない。

そんな事を考えているうちに、「よその人たち呼ばずに身内だけで葬儀やったら悩まなくて済む」
っていう結論に達しちゃうんですよね。

食事みたいにおいしい物食べてお腹いっぱいになったら良い。
って考えならコース料理じゃなくて単品で自分の気になる物だけ注文します。

でも葬儀はそうじゃない。
しきたりや外聞やと考えてしなければならない。
しかしそのしきたりも判らなければ、どこまでやれば恥をかかないのかもわからない。
普通がわからない状態になっているんです。

そんな状態で葬儀屋さんが
「みなさんこうしてますよ」
なんて言おうもんなら
「あ、じゃあそれで」
って答えちゃうんです。
そして答えたあなたは皆さんの中の1人に晴れて加入する事になります。

そんな見積もりをしてたらあれよあれよと100万超えます。


やりたい葬儀としっかりとした普通を学ぶこと。
これが葬儀屋さんの口車に乗らない方法の1つです。

そしていつも私は言っていますが、仏教形式の葬儀の普通が判らないのであれば仏教形式で葬儀をやる必要はないです。
やる資格が無いと言っても過言じゃないです。

キリスト教でしたら洗礼を受けた信者じゃなければ出来ません。
神道もそうで、祭主を務めてくれる方と知り合いじゃなければ来てくれません。

全くどこの誰かもわからないのに来るのは仏教だけです。
大きな目で見たらどこの誰であっても来てくれる良い人なのかもしれませんが、
どこの誰かもわからないのに心からお勤めなんて出来るはずがありません。

しかも事前に喪家と話しをしたりするわけですらない。
黙って来て、葬儀屋とだけ喋って、お勤めして、説法するわけでも無く帰る。

故人さんはほんとにそんな事を望んでいたのでしょうか。

今の葬儀は何もかもが中途半端です。
信仰心も中途半端ですし、葬儀に対する態度も中途半端。
葬儀屋の葬儀に対する心もちも中途半端ですし、お坊さんの心構えも中途半端。


何が判らないのかわからないと言っておきながら勉強もせず、情報収集もせずにボったくられたら高いと喚く。
じゃあ何を根拠に高いと仰っているのか。
どこと比べて高いと仰っているのか。

市なので作られている規格葬儀の方が高くなっているのが今の葬儀業界の現状です。
公的な物ですらそのくらい掛かると言っているのに高いというのは流石に無茶です。


葬儀業界に必要なのは普通の葬儀のサンプルだと思います。
それが無いからここまで混乱を招いています。

しかし仏教会はサンプルを絶対に作りませんし(問い合わせたら断られた)、葬儀業界も作りません。
じゃあ誰がサンプルを作るかと言ったら、仏教形式で葬儀をするのなら仏教徒の皆さんが作るしかないんです。
仏教徒であるならどんな葬儀が普通なのかを知っておくべきなんです。


それすら出来ないから葬儀関係者にもっと葬儀の事を勉強した方が良いですよって上から目線で言われるんですよ。