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Rainy puddle

嬉しいことが上手く書けなくて、切ないことは山ほど浮かぶ。

いつか大好きな人との惚気話を。

胸を張って始められること。


まったく人の力を借りずに

初めから全て自分の力で進めてきたことが

紛れもない自信へと繋がる。


おかげで目を見て話すことができるようになって

少しずつ沈黙が怖くなくなって

二人きりがいいと思うようになった。


自分ではさりげないつもりでやってる探りなんかも

実は相手にばればれだったりして

そんな中学生みたいな駆け引きがただ純粋に楽しい。

だけどそこに今までみたいな感情はなくて

それが馴染みの延長のせいか

はたまた今までにないタイプのせいなのか

どちらにせよ無理が無いから続けられる事実。


関係が壊れてしまう恐怖とかそういう類は一切なくて

月に1度くらいの頻度が今のところ快適で

時々返信速度に一憂しているところが自分でも可愛いと思う。


今無理にこれ以上を望むつもりはないけれど

将来的に見ると今始めておくのがちょうど良いタイミングな気もする。

明確な感情が見つからないまま

関係性を変える言葉を上手に伝える自信がない。

保守的になるのは経験上良くないと分かっていながら

今一度気持ちの再確認をしようとするくそ真面目な性格が少しだけ嫌い。


第三者から見てお似合いだと言われることが何より嬉しくて

そんな話をしてきた相手の真意にやきもきする。

大人になって求める要素ががらりと変わったことを実感させられる関係。


縁やタイミングは当人たちじゃ気づけないというお話。

理想を叶える為に必要なことは、第一歩を踏み出すこと。

そんなこと随分昔から分かっていたはずなのに

実際に踏み出すまでにえらく時間がかかってしまった。


変わりたいと思ったときは全く動けなくて

いつの間にか少し変わった自分がいて

軽い調子で誘ってみたら上手く行ってしまったから

僕は再び勘違いを起こしたのだ。


結局その勘違いは夏が始まる前に

花火のように儚く散ってしまったけれど

もたらしてくれたものはたくさんあった。


輪が広がるきっかけができた。

自分から誘う自信がついた。

2回以上会うための価値に気づくことができた。


だから返信がなくてももう気にすることはない。

昔の自分の執念じみた思いから解放される時がきたと

そう教えてくれたのかもしれない。

過去に囚われるなら、もっと今の自分らしくいられる過去と。


次の物語も、きっと自分から始められる。

ただひたすらに行動してみれば

少しでも何か変わるんじゃないかと思って始めた計画。

心の距離を縮める前に、体の距離が縮まったおかげ。


最初は純粋に懐かしい人に会いたくなって連絡をとってたけど

いつもの魔が差してぶり返すシンドローム。

それが偶然にも最初のうちだけ上手く行き過ぎたが故に

今が少し停滞してる気がして落ち込む弱メンタル。


でも、あの時思い立って実行していなければ

相談に乗ってもらうこともなかったし

その時ぶらぶらして偶然スーパーで会うこともなかったし

3人で週末ご飯にいけるような関係にもなかってなかったはず。

共通点が多いのが助かった。

そして何より一番はとても良い人でよかったということ。


そんな関係が昔の理想だったし

大げさに言うなら夢だった。

その計画に足りないものを考えてみたら

結局たどり着く先はいつものひとりよがり。


それらまとめて夢なのか、ひとつひとつが理想なのか。

例えば賭け事なんかで

予想が当たれば嬉しいもの。

それは報酬という結果を見込んだポジティブなものだから。

一方で、外れた時は予防線になるし、当たった時はより嬉しいから

初めからネガティブな予想をする人の心理もある。

どちらが良いかなんて分からないけれど

恋愛において自分は無意識にネガティブになってた。


悲しいけれど、予想通りで

少しずつ理解でき始めてきた気がする。

直接的な原因は彼女ではなかったのに

何故か彼女に対していらだちを感じる自分が少しだけ嫌になった。

ただ、2日前に連絡をくれたことと

誘った自覚を持っていてくれたことは嬉しかった。

「守れるか分からない約束はしない」と言い切ったあの時に比べて

相手のほうから持ちかけてくれたことはとても幸せなことだった。

連絡以外のコミュニケーションは一切なくて

具体的な代替案をもらえなかったのは相変わらず。


予定がなくなった途端毎日が楽しくなくなって

誰でもいいから話を聞いてもらいたくなって

いつの間にかまた中心に考えてしまっている自分。

あの頃と違うのは、上手く逃げ場を作れるようになったこと。


だから今はまだ弱気になる時じゃない。

たまたまなのかもしれないけれど

自分が好きになった人たちはみんな同じ匂いがする。

助手席に座った彼女を見て、一瞬錯覚した。


それが自然な匂いじゃなくて、同じような香水だったり

服装の系統も似ていたりで、自分の不変さを目の当たりにした気分。

顔が似ているとある程度声も似てるって聞いたことあるけど

今自分は何を基準に人を好きになるのかわからなくなった。


翌日送ったお礼のメールは

その2日後に返信がきて驚愕した。

社交辞令を装った本音は、相手にちゃんと届いてた。

まさかあの手ごたえで次があるなんて思ってもみなかったけど。

おかげでまた週末の予定が埋められる幸せ。


勝手にレッテルを貼り付けて、分からないから思い込んで

一方的に虚像を作り上げていただけ。

本当のことを知るという名目ができた。


相手を知る過程で、自分も相手に知ってもらうこと。