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最近の家族のブームは、
隔週の図書館通い。
子どもたちも含めて、隔週本を借りて、
読むのが家族ブームです。
その読み終えた本を、
自身の備忘録も込めて、
感想文を書いていきたいと思います。
再審・本能寺の変
光秀に信長は殺せたのか?
戦国時代好きにはたまらない題名![]()
一昨年~昨年度の大河ドラマを、
フラッシュバックする題名に惹かれ、
読んでみる事にしました。
本を書かれた方は歴史学者ではなく、
地図を製作する会社の方々。
地形学というか、京都の地理的条件下で、
約400年前に光秀が実行出来たのかを、
検証する内容です。
これがなかなか面白く、頷く点が多数。
☆水量が多く、整備がされていなかった、
桂川を暗闇の中にわたる事が出来たのか?
☆当時の本能寺の位置的に考えて、
1万3000名もの大軍勢が必要だったのか?
☆そもそも「信長暗殺」が目的であれば、
隠密行動が必須だったのではないか?
等々、
光秀が何を成したかったのかは、
未だに不明な点が多いのですが、
「信長と信忠を殺す」という目的を成すには、
あまりにも無計画であり、
不明な点が多いのではという印象を、
書いた内容であり、
私自身も、
常々そう思っていました。
当時、本能寺があった場所は、
今の呉服問屋が多い室町通りの近く、
東洞院通あたり。
今でも道幅が狭く、
当時も然程広さは変わってとの事。
そう考えると、
「暗殺」が目的ならば、
大軍勢を京都市中に入れる事は無理であり、
ましてや、それが目的であれば、
数名の精鋭による実行をする方が、
成功率が上がるくらい、
私でもわかりそうなものです。
では、その真実はいかがなものか。
この今は答えが見えず、
当時の日本を取り巻いていた情勢や、
各個の心情に想いを馳せる事が、
今、私たちが出来る考察であり、
そこに無限大の想像と楽しみがあります![]()
私個人は、「朝廷黒幕説」に一票。
そこに、わが地元の先輩、
羽柴秀吉公も絡んでいたのではと、
勝手ながら想像をしています![]()
何時の時代か、
光秀本人の告白文や書物が、
出てくるのでしょうか。
そこに書いてあることは、
以外にシンプル、他愛もない事だったりして![]()
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