栄の松坂屋本店に行くことがありました。
今は大丸百貨店の傘下に入ってしまいましたが、
松坂屋は元々はいとう呉服店という着物屋から始り、
名古屋を地盤に拡大をしていった呉服店。
規模はまったく違いますが、
美濃幸とは元を同じとする仲間な訳です
(勝手に言ってる(汗))
所用を済まし、
松坂屋美術館の一階下のフロアにあった、
ギャラリーを覗くと、
いとう呉服店時代から所有していた、
季節の着物の展示がされていて、
吸い込まれる様に入ってしまいました。
松坂屋が所有している古美術や、
江戸時代から伝わる衣裳の数々は定評があり、
掛けてあった枚数は四着のみでしたが、
どれもとても状態が良くて、
見ごたえのあるものばかり。
着物好きにはたまらない、
至福のひとときを頂きました
その横にあった「きもの暦」の解説文も、
なかなか興味深いもので、
「(例)」との前置きはありますが、
今とは少し違っていた事がわかります。
暖房が発達していなかったからか、
今で言うところの「袷」の季節は、
そのほとんどが「綿入れ」の季節で、
反対に「袷」の季節は、
今の暦でいうところの「単衣」と同じくらい短く、
暑くなる季節に袖を通す「単衣・夏衣」の、
間をつなぐ程度のものだった事がわかります。
着物の生地厚や、気候も違い、
暦に対する考え方や、
そもそもの思想や美徳も違う江戸時代の事なので、
それだからどうという事はないのですが、
着物が今以上に、
日常的に着る「衣類」だった時代だからこそ、
「心地よさ」や「自然さ」ありきの、
きもの暦だったのでしょうし、
それは、明治~大正~昭和と、
約300年の時を経ていくなかでも、
着ることありきの暦だったのだろうと、
この江戸時代の暦を見て感じました。
今はその頃と比べて、
「非日常」となった着物だからこそ、
暦やルールを重んじる慣習になったのか、
その経緯はわかりませんが、
衣類としての着物であるなら、
今の時代に合う暦があっても自然ですし、
そうした流れが最近は強くなっていると、
ご来店のお客様とお話ししていると感じます。
ドレスコードやルールを守る美徳感も大切に、
加えて、着手が柔軟さを持っていることで、
より一層楽しみが増える事になります様に。
時代と共に変わっていく着物が在る日々が、
皆さまにとって楽しく、自分らしいものである事を、
きもの屋として、心から願っています

