名古屋市中村区のきもの美濃幸 、
3代目若だんなです![]()
その2 のつづきです。
山陰の木綿産地を巡る「山陰産地勉強会」。
その1 では、木綿の歴史に触れ、
その2 では、山陰特有の絵絣について触れてきましたが、
その3では、
栽培した綿花をどのようにして糸に紡ぎだされていくのか、
若だんななりに感じた事を伝えていきたいと思います![]()
ここで紹介する工房は、
その1~2に引き続き、弓浜絣の「工房ゆみはま」さま。
工房ゆみはまさまでは、
自工房の裏にある畑で、「伯州綿」という和綿を栽培されており、
その綿を使い、織物をされているそうです。
その様子→その1 木綿の歴史を辿る。
種子が弾け、取り出された綿花が下の写真ですが、
この中には1~2個の種が入っており、
また触った時の印象は、がっしりと固まっている感じ。
このままでは糸を紡ぎ出す事が出来ません。
そのため、まずはその種を取り出す作業から。
工房ゆみはまの弓浜絣伝承者でもある、嶋田悦子さまが、
実演をしてして下さいました。
木製のローラーの様な道具を使い、
奥から手前へと、綿花を押し出していくと、
ほぐれた綿花のみが前に出てきて、
種が後ろに落ちるという仕組み。
可愛らしい種が出て来ました![]()
この種を撒くと、新しい芽が出てくるそうです。
単純な作業ですが、とても根気のいる仕事の様に思えます。
そしてこの後、
綿を繊維にするための大切な作業、「綿打ち」に入ります。
綿の繊維は、
約2センチから3センチほどの細かい繊維が絡み合ったおり、
このままでは均一な太さの糸を紡ぐ事が出来ません。
そのため、
絡んだ繊維を解し、繊維の向きを同方向へ整えるのですが、
「綿打ち」とは、前述の作業になります。
そして、古来から伝わっている、
弓を使った綿打ちを実演して頂きました。
その名の通り、「弓」の弦を弾いて、綿を「打つ」という仕事。
弦に絡んだ綿を弾いていくと、
どんどんと綿花の中に空気が入り、
よく知っている柔らかで温かみのある綿へと変化していきます。
そして、このように見た目も柔らかな綿の玉が出来あがります。
その後、
繊維を同方向に整える作業を終えた、
きりたんぽの様な綿の束から、糸を紡ぎ出す仕事を。
一見すると、生糸を取るのと同じ要領、
でも、この伯州綿は繊維長が約2.1センチと短いため、
繊維同士が縦方向に絡む事を意識しながらの、糸紡ぎになります。
見る見るうちに、綿から糸が紡ぎだされていきます。
数々の工程を経て出来あがった糸が素材となり、
藍色などに染められ、絵絣が施され、弓浜絣として織り上がります。
このように、
職人さんや織り子さんの手を経て紡ぎだされた「手紡糸」は、
機械で取られた糸よりもしっかりとした質感を持ち、
反物で仕上がった際も、
他のものより、ずっしりとした重量感があります。
ただ、この質感がとても重要で、
普段着として、その昔であれば野良着として着る事を考えると、
何度も汚し、何度も水洗いをし、
その繰り返しを20年30年50年と重ねていくうちに、
木綿本来が持つ、しなやかで柔らかな質感へと変わり、
その耐用性と経年変化こそ、木綿織物が持つ本質という事に、
今回の産地勉強会で学ばせて頂きました。
その風合いには、人の心を癒す何かがある様に思えます。
次のブログでは、
木綿織物と関係深き「藍染」についてお届けします。
その4 に続く。
名古屋市中村区のきもの美濃幸 、
3代目若だんなでした![]()
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました![]()














