祈りと温もりを織りあげる。~読谷山花織 その1~ | 愛知県名古屋市の着物屋 きもの美濃幸 3代目若だんなの徒然日記

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名古屋市中村区新大門商店街にある
きもの美濃幸 ラ・クロシェット
の日々の徒然です!

名古屋市中村区のきもの美濃幸

3代目若だんなですニコニコ



28日(金)まで、

2月恒例!きものクリーニングキャンペーン 開催中の、

きもの美濃幸ですパンダ



独特の染織世界を持つ「沖縄」を巡る、沖縄産地勉強会波



1、沖縄の色を染めあげる。~城間びんがた工房 その1~


2、表情豊かなシーサーたち♪~沖縄産地勉強会おまけその1~


3、沖縄の色を染めあげる。~城間びんがた工房 その2~


4、世界遺産今帰仁城跡へ~沖縄産地勉強会おまけその2~



次に伺った産地は、

紅型と並び、沖縄の染織を代表する「花織



ひと言「花織」と言えども、

沖縄本島から周辺の離島を含め、


沖縄の伝統的な織物として、

数々の産地によって、独自の花織が織られていますニコニコ



今回伺った先は、

2年前にもお世話になった、「読谷山花織」の織物組合さまチョキ






日曜日のお休みの中、

組合の理事長さんが会館を開け、ガイドをして下さいましたアップ



会館の中は、

読谷山花織の歴史、工程の説明から、


組合の後継者育成に参加されている生徒さん方の、

卒業制作の作品が、所狭しと飾られています目






また、

きもの美濃幸のご当地名古屋の球団「中日ドラゴンズ」が、

毎年、この読谷村近辺で春季キャンプをしているという事で、


中日ドラゴンズの選手が花織の衣裳を着た写真や、

ドアラが花織の実演をしている写真なども飾られていましたにひひ






読谷山花織は、

地元の皆様の言葉では「ゆんたんざはなうい」といい、


歴史は約600年遡り、14世紀から15世紀頃、

中国や東南アジアから伝わって来た「浮織」の技法が、

読谷山花織のルーツと言われていますアップ



2年前の沖縄産地勉強会の内容も、併せてご覧くださいチョキ


その様子はこちら沖縄産地勉強会~読谷山花織~



読谷山花織は、

このブログのタイトルにもある様に、

織り子の女性が、「祈り」を込めて織り上げる織物。



代表的な花織の紋柄、


銭花「ジンバナ」は、

お金をかたどり、裕福な生活を願って、


風車「カジマヤー」は、

風車をかたどり、長寿の願いを込めて、


扇花「オージバナ」は、

扇をかたどり、末広がりの子孫繁栄を願って、


と、

一家の繁栄や、

漁師として危険な海に出る夫の無事を願って、

一段一段、願いと祈りを込めて織り上げていきます。






また、

その歴史を語る上では、

その1 の城間びんがた工房と同じく、


明治の「琉球処分」と、昭和の「太平洋戦争」が、

その歴史に暗く大きな影を落としている事は間違いありません。



特に、

太平洋戦争末期、沖縄戦の際は、

米軍は、この読谷村の沖から上陸作戦を行い、

激戦地のひとつとされています。



銃弾とミサイルが飛び交う、熾烈を極めた攻撃は、

鉄の暴風」「鉄の雨」と呼ばれ、

その産地の人・物の多くが失われたそうです。



そんな暗く過酷な環境の中、

一度は途絶えてしまった読谷山花織も、


1964年に読谷村に住む有志の方々が、

約90年ぶりにこの素晴らしい技術と織物を復活させ、


その動きが、

今の読谷山花織事業協同組合設立へと繋がり、


日本中、世界中の人たちが、

この美しい読谷山花織を知る、貴重なきっかけになりました。



城間びんがた工房の時と同様、


戦後、沖縄の皆様の無私の尽力と、

血の滲む様な努力と奇跡的な復興が無ければ、


今私たちは、

素晴らしい沖縄の伝統技術に触れる事は叶わなかったでしょう。



そうした先人方の歴史に触れる事が出来ただけでも、

産地勉強会に参加した甲斐があるというものです。



また、

歴史の部分だけでかなりの分量になってしまったので、

読谷山花織の工程の説明は、またあとのブログにてニコニコ



どうぞ、楽しみにお待ちくださいませアップ



その2 へ続く音譜



名古屋市中村区のきもの美濃幸

3代目若だんなでしたニコニコ


最後までお付き合い下さり、ありがとうございましたダウン

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