女性のための官能小説 

「イルベント エレローゼ 愛するということ -KOKO-」

”よりぬき”公開













紳士の贈り物16 (甘い嫉妬2)



その日の月は、
夕暮れどきのオレンジを
真っ白く塗りつぶすように
こうこうと
プライヴェート・ヴィラを
照らした。
 


湖水は
真っ黒く闇に溶け、
さざ波が
月明かりを受けて
白く輝いている。
 


リビングには、
ブラッチャーノ湖の
さざ波の音と一緒に、
静寂が満ちていた。
 


オークションで
一目見て気に入り、
気の短い石油王と争って
競り落とした
由緒ある革張りのソファに、
KOKOが腰掛けている。
やはり、このソファは
彼女によく似合う。
 


その正面に
向かい合って、
紳士はKOKOを
じっとみつめていた。
 


薄い水色のシースルーを
纏(まと)ったKOKOは、
いにしえの女神のような
肢体のラインを、
月の光を浴びて
浮かび上がらせていた。
 


紳士は、
いつになく深刻な表情で
KOKOを
見つめている。
 


だがKOKOは、
いつもと少しも
変わらない。
 


蠱惑(こわく)的な微笑みを
浮かべて、
じっと紳士を
見つめていた。
 


紳士の眉が
切なげに
顰(しか)められる。
自分の目が、
彼女と同じように
これからの情事を
より濃密にするために
熱を帯びる。


しかし、
それだけでなく、
乞うように
すがりつかずにいられないのも
感じていた。



「KOKO……
君のすべてを知りたいんだ……」
 


紳士は、
夕暮れの中で見た
情事に
衝撃を受けている自分に、
動揺していた。


本当は、
あの美しい

金髪のベビーシッターのことも
必死で

考えないようにした瞬間が、
たしかにある。
 


受け入れろ。
 


すべて受け入れて、
ただKOKOを
愛すればいい。
 


何度
そう自分に
言い聞かせただろう。
 


KOKOが、
おもむろに立ち上がり、
紳士の髪に優しく触れる。
 


紳士は
深く息を吸いこんで、
ゆっくりと
吐いた。



「……いいんだ、
忘れてくれ」
 


KOKOは、
何も言わずに、
ただ微笑んだ。
 


そう。
 


やはり、これでいい。
 


受け入れることだ。


愛してやまない彼女を。
 


彼女の選んだ
すべてのものを。
 



そうすれば、
彼女の手は
こうして自分に
伸ばされる。
 


それ以上に、
自分にとって
必要なことなど
この世にないのだから。
 


紳士は、
許しを与えられた人のように、
彼女の手を捧げ持ち、
唇を寄せる。
その潤んだ瞳から
目が離せない。



「君を失いたくない……」
 


ただ、正直に
心が唇から
漏れる。
 


KOKOは、
聖母のような
優しい微笑みを浮かべ、
紳士の膝の上に
ゆったりと座った。



「君に会えない間、
気が狂いそうだった」
 


紳士は、
体の力を抜き、
そっとKOKOの胸に
顔をうずめ、
大きく息をした。
 


この香り。
 


この温もり。
 


そしてこの、
柔らかく受け止めてくれるのに、
決してはじき返す強さを失わない
乳房。
 


胸苦しさが
溶けてゆく。


やっとまともに
呼吸できた気さえする。
 


シャワーのように
彼女の体に
キスを降らせるたびに、
楽になった。 


何度、
唇を寄せても、
もっともっと触れたくなる。
 


彼女が
そこにいることを
たしかめるように、
撫でさすると、
てのひらから、
すべらかさと
彼女の体温が感じられ、
紳士は思わず
目を閉じた。
 


こうして触れることができて
初めて、
KOKOは
夢の中の存在ではないと
信じられた。
 


たまらず、
強く
抱きしめる。
 


はやく
ひとつになりたかった。
 


そうだ。
自分は、ずっと、
この腕の中に
還りたかった。
 


彼女の腕の中にこそ、
本当の自分があった。
 


ぴったりと
重なったシルエットが、
磨き込まれた床に映る。



「ああKOKO……
 この時間を、

 私がどれだけ待っていたか……」
 


紳士は、
感嘆の声を
漏らさずにはいられなかった。
 


これでいい。
 


これでいいのだ。
 


ただ、こうして
KOKOを愛することさえ、
許されればいい。



「KOKO……
君には完全降伏だ……」




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(再)