女性のための官能小説  

「イルベント エレローゼ 愛するということ -KOKO-」

”よりぬき”公開


叶姉妹オフィシャルブログ「ABUNAI SISTERS」by Ameba



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紳士の贈り物14(薔薇の薫り3)


ブラッチャーノ湖の
ほとりの道ばたで、
その小さな花屋は
店を開いていた。


黒い髪の
地味な身なりの少女が、
プライヴェート・ヴィラのある方を
見上げながら、
ぼんやりと木の椅子に
腰掛けている。
 

何も塗っていない指先で、
何かを確かめるように
何度も自分の唇を
なぞっていた。



「……あの花屋です」



「ああ、……止めてくれ」



「かしこまりました」
 


紳士を乗せたベンツは、
花屋の屋台の前で
止まった。
 


紳士は、
執事が開けたドアから
優雅に降りると、
その少女の元へと

向かった。
 


ぼんやりとしていた少女が、
紳士の顔を見て
ハッとするのがわかった。

彼女は自分を
みかけたことがあるのだろうか。
 


それとも。



「お花屋さん、
そこのバラをくれないか」



「……ないわ」
 


屋台には、
バラは十分にある。
 


だが、少女は
紳士にないと
答えた。
その意味を、問うても、
彼女は答えを
くれることはないだろう。
 


そんな予感を抱きながら、
紳士は問い正すかわりに、
目にしたままを
告げた。
 


そう。
 


彼女は、
紳士の部下でもなければ、
使用人でもない。



「私には、
あるように見えるが」
 


詰問に聞こえないように、
声を柔らかくしたつもりだったが、
少女の体は
気の毒なほど、
こわばった。
 


ひどく緊張しているのか、
いや、
それとも
思いつめているのか。
 


少女は、
固い声で言った。



「……よかったら、
お届けします」
 


彼女が
必死であることは
わかった。



「……ふむ…」
 


きっと、KOKOは
彼女が持ってくるバラを
気にいっている。



そうである以上、
紳士の選ぶ
答えは
ひとつだった。
 


KOKOの望みを、
すべて叶えること。
 


それが、
紳士の選択だ。
 


それに、
必死に自分を
見上げてくるこの少女の
小さな願いを
うち砕くのもかわいそうだ。
 


彼女の

瞳の奥の火が、
自分の目の奥にも
ときおり
燃えさかるからかもしれない。



「ではそうしてもらおう。
明日ここに……」
 


紳士はスーツの懐から、
プライヴェート・ヴィラの
住所を示した紙を出そうとするが、
少女は子供のように
首をふった。



「知ってるわ。
……通りの一番奥にあるヴィラでしょ」
 


やはり少女は、
プライヴェート・ヴィラを
知っているのだ。



「……そうだ。

よく知っているね」
 


少女の顔に、
ぱっと喜びの色が浮かぶ。
 


バラ色に
染まった頬は
どこか初々しく、
清らかであるのに、
その瞳は
熱でもあるように
潤んでいた。



「……必ずお届けします!」



どこか固い蕾を
思わせる少女は、
微笑むと
花びらが綻んだように
愛らしく、美しかった。



「……よろしいのですか?」
 


ベンツに戻ると、
車にまでは
やりとりが

届かなかったのだろう。
 


執事が気遣わしげに
訊ねた。



「ああ、いいんだ。
……バラは、彼女が届けてくれる。
……KOKOの部屋へ、
通してやってくれ」



「……かしこまりました」
 

執事はそれだけ答えると、
静かに車を走らせた。


*********
















(再)