女性のための官能小説  

「イルベント エレローゼ 愛するということ -KOKO-」

公開連載第5回









今日のメインディッシュの子牛肉は、

彼女のものだけ
ずいぶんとレアだ。


 そのなかでも一番血の滴る
紅い一切れを口に運ぶと、
KOKOはゆっくりを咀嚼し、
ごく僅かに舌で唇を舐める。


 その一瞬だった。
KOKOと目が合ったのは。


上目遣いで
ほんの一呼吸ほど青年を見つめて、
彼女の瞳はまた
皿の上やワイングラス、
忌々しい紳士の元へと戻ってしまう


 何も口に含んでいないのに、
自分の喉が鳴るのがわかった。
 
周りの人々に聞こえてしまわないかと、
そればかりが気になった。
 
いや、
本当は違う。
本当は、
とてもそれどころではなかった。


形を変えてしまった自分の体の
ままならなさに、
背筋を汗が伝うのが
妙にはっきりとわかった。


自分は、
刺激的な人生を送っている
選ばれた人間だと
彼は思っていた。

けれど、
こんなスリリングな快感は知らない。


 そうか。彼女が、KOKOか……。
 
彼女の隣に座る紳士は、
父の取引先の中でも、
冷徹で的確な判断を即座に下す
ビジネスパートナーだった。


あの父が、
一目置いている存在が、
唯一、
夢中になっているのが、
彼女なのだと噂に聞いたことがある。


 ………なるほど。


 ………こういうわけか。


それなら、
あのいけすかない紳士の目を盗んで、
彼女と秘密を紡ぐのも悪くない。


「………失礼」


彼女が
紳士の肩を愛撫するように撫でて、
席を立った。


紳士の視線を感じながらも、
黒髪の青年は
彼女から目が離せない。


彼女の赤いドレスは、
デコルテだけでなく、
大胆に背中も開いていて、
彼女が一歩動くたびに、
その美しい肩胛骨が
くっきりと浮き上がる。


蜂のようにくびれたウエストの下の、
大きなハート形のヒップが、
まるでかじりつくと、
蜜が吹き出す桃のようだった。


どんな肢体が、
紳士をとりこにしているのか、
興味が湧いた。


彼女の体の内側は、
どれほど魅力的だろう。


そう思ったときは、
もう我慢できなかった。


もう一瞬、
待ったほうがいい。

頭の中で
もうひとりの自分が忠告する。
 
だが、たいていの場合、
そんな忠告の声が聞こえるときほど、
待つことなんかできやしないのだ。


彼女を追うように、
黒髪の青年はディナーの席を立った。



(続く)

(再)