書名:ハヤ号セイ川をいく
原題:Minnow on the Say
作者:フィリパ・ピアス(イギリス作家)
出版:岩波少年文庫
内容:十一歳の少年デイヴィット・モスは、リトル・バーリー村のテラスハウスに両親と妹と住んでいる。年の離れた兄は海軍軍人で、もう家を出て暮らしていた。学年末の試験に合格したデイヴィットは、これから楽しい夏休みなのに、どしゃぶり雨が降り続いていた。ようやく雨の止んだ朝、妹のベッキーが船に乗せてと騒いでいた。おもちゃの船しか持ってないデイヴィットは、「おまえが乗れるやつがあったら、乗せてやる」と言って新聞配達に出かける。新聞を配り終えて帰宅したデイヴィットは、裏庭の先にあるセイ川の岸辺に行った。そこには園芸が趣味の父親が自作した桟橋がある。そこでデイヴィットはベッキーが大騒ぎしているものを見つける。桟橋の柱にあたって停まっているカヌーだった。雨で川の水量が増え、上流から押し流されてきたのだろう。驚いたデイヴィットが母親と仕事から帰って来た父親に報告すると、警察に届けるように言われる。さっそくプラット巡査のところへ自転車を走らせ、デイヴィットは話した。届けを受理した巡査は持ち主を積極的に調べる気はないらしく、デイヴィットはやきもきする。もし名乗り出る人がいなければとデイヴィットは考え、はっきりするまで長い間カヌーを眺めて待つのは辛い。帰宅したデイヴィットがカヌーを見に行くと、父親がやってきて持ち主を探す手がかりを教えてくれた。カヌーを係留するために使われていたロープに結ばれた棒を示し、この棒とぴったり合う川岸に残っている折れた杭を探せば良いと言う。父親はカヌーの水漏れを指摘するが、ときどき排水すれば乗れるだろうとも言う。翌日の午後、デイヴィットは父親の手押し車の板をパドルがわりにしてカヌーを漕ぎ、上流に向かいながら岸を調べていった。すいすい進むカヌーは魚の「ハヤ」のようで、デイヴィットは船を「ハヤ号」と呼ぶ。デイヴィットの家があるリトル・バーリー村を過ぎ、上流にある金持ちの家が多いグレート・バーリー村を遡っていく。やがてフォリー・ミル(ばかげた粉ひき場)と呼ばれる製粉所に到着する。水車を動力にしている製粉所は川をまたぐように作られていて、ハヤ号は通り抜けることができない。デイヴィットはハヤ号の向きをかえ、往路は左岸を確認したので今度は右岸に目を凝らした。ハヤ号が倒木の橋まで戻ってきた時、赤毛の少年が現れて怒鳴った。「このどろぼう野郎!それはぼくのカヌーだ!」驚いたデイヴィットはバランスを崩して川に落ち、パドルにしていた手押し車の板も流れていってしまった。デイヴィットはカヌーを岸辺に押し上げ、自分も岸に上がろうとすると、年配の女性が助けてくれた。そして、デイヴィットの手を握り偶然会えたことを喜ぶ。「ミス・コドリング」と名乗った女性は少年アダムの叔母で、カヌーの件を聞いたという。自分より少し年上のアダムに「保管せずに乗ってた」と文句を言われ、デイヴィットはむっとして言い返す。「係留用のロープを見てよ。折れた杭に結んであるだろ。だから、杭の根元を見つけたら、誰の船かわかると思ったんだ」アダムが岸辺の折れた杭にロープの杭を近づけると、二つの木片はぴったり合わさった。アダムが謝ると、コドリングさんはずぶ濡れのデイヴィットを自宅へ連れて行った。デイヴィットは新聞配達でコドリングの屋敷に来るが、長い私道の入口にある箱に入れるだけで敷地に入ったのは初めてだった。コドリングさんは父親の世話をするために屋敷の中に入り、デイヴィットの世話はアダムに任された。アダムは両親を亡くし、祖父とダイナおばさんの三人で暮らしている。アダムは夏休みが終わったら、バーミンガムのいとこたちの家で暮らさなければならないかもしれないという。いとこの子供たちはみんな女の子なので、このまま此処で暮らしたいらしい。アダムは夏休みにカヌーを修繕する計画だと話す。着替えの済んだデイヴィットはお茶に呼ばれ、玄関ホールでアダムの先祖の肖像画を見つける。お茶が済むと帰ることにしたデイヴィットは、アダムに明日の午後、一緒にカヌーを調べようと誘われる。デイヴィットは、ニスを剝す道具をもってくると約束する。帰宅したデイヴィットは、父親の板を無くしたことを叱られる。デイヴィットの説明を聞いた父親は、コドリング家について話した。コドリング老人は息子が死んでから、頭がおかしくなってしまったらしい。翌日の午後、デイヴィットは借りた服を返すため、コドリング家まで自転車を走らせた。アダムはデイヴィットを待っていて、二人はカヌーの修理に取り掛かった。こうしてデイヴィットは、毎日午後になるとアダムと二人でカヌーの修理をするようになった。そして、修繕が終わった日、アダムが船に名前をつけようと言い出し、デイヴィットの意見を聞いた。アダムがあれこれ名前を上げるが、結局デイヴィットが提案した「ハヤ号」に決まる。カヌーに塗ったニスが乾くのを待つ間、アダムは肖像画の先祖ジョナサン・コドリングが残した財宝について触れる。ダイナおばさんを気にしてアダムが話さないでいると、デイヴィットは父親からコドリング家の隠された宝の話を聞く。翌日、デイヴィットが宝の話を聞こうとアダムを訪ねると、コドリング老人が孫を見習い庭師と間違えていた。老人が家に入ると、アダムが説明してくれた。アダムの父親ジョンが戦争からの帰還の途上で亡くなり、ショックを受けた祖父は倒れてしまい、息子を亡くしたことを忘れてしまった。祖父の時間は昔に戻ったままだという。アダムの母は出産時に亡くなったそうだ。祖父は息子が死ぬ直前に祖先の宝を探していたらしく、ダイナおばさんは宝探しに耳を貸さなくなったそうだ。だが、コドリング家が暮らしに困っている今、アダムに出来ることは宝探しだけだと話す。だからおばさんには内緒で、デイヴィットと一緒に宝探しをしたいという。アダムはおばさんの所にデイヴィットを連れて行き、肖像画のジョナサン・コドリングに興味があるから話してあげてほしいと頼む。すると、ミス・コドリングは1588年にスペインの無敵艦隊が攻めてきた時に備えて、ジョナサン・コドリングが財産を隠したことを話して聞かせる。ジョナサンの奥方ジュディスが書き残した古文書も見せてくれ、ジョナサンは当時十一歳だった長女セアラに宝の在り処を示す詩を覚えさせたと語る。「フィリップはやってきた、一輪のバラのもとへ水の上をわたって。宝ははこばれていった、わたしの娘しか知らないところへ」ジョナサンは戦争のあと帰宅途中で亡くなり、奥方は娘に話を聞いたが宝を見つけることは出来なかったという。その後、セアラはずっと北のカンバーランドに住むアッシュワージーという一族に嫁がされたという昔話をしたミス・コドリングは二人に宝探しをしないようにと注意する。だが、二人はカヌーに乗ってこっそりと宝探しを始める。そんなときパント(小さな平底船)を操るスミス氏を見かける。同乗している夫人はコドリング家を眺める夫アンドルーに不満そうだった。スミス夫妻は、五年前にグレート・バーリー村に引っ越してきた。夫は毎日ロンドンへ列車で通勤しているという。アダムは「スミス」という名字は偽名で、宝探しに村にやってきたのではないかと疑うが……。
イングランドの緑濃い田園地帯を舞台に、少年たちの謎解きとひと夏の冒険を描いたイギリス児童文学の傑作。
※原書初版1955年
※作者は、1920年、ケンブリッジ州のグレート・シェルフォードという田舎町に生まれた。代々その地で製粉業を営む家系だった。ケンブリッジ大学を卒業後、英国放送協会(BBC)でラジオ番組の脚本と制作にかかわる。ところが1952年に結核に罹患、入院生活中に本書の執筆を始める。BBCに復職後、本作で作家デビュー。2006年12月没。
※『訳者あとがき』によると、本作の舞台は作者の生まれ故郷(大学で有名なケンブリッジ近郊)がモデルで、ロンドンの北数十キロの所に実在する。作中に出てくる製粉所も作者の生家がモデル。セイ川のモデルは、作者の故郷を流れるキャム川。
ケンブリッジ郊外の夏の日没時刻は21時前後
ボビー:ロバートの愛称
「どうしてスクウィークって呼ばれてるんですか?」
※スクウィークには、かん高い音や声を出す、密告する、などの意味がある
ピップ:フィリップの愛称だが、リンゴなどの小さな種という意味もある
複合姓:イギリスでは、結婚後、二人の姓をならべて名乗る複合姓が認められている。
ベッツィー:エリザベスの愛称
セラー・スパイダー:細長い脚をもつユウレイグモのことで、よく地下のワイン・セラー(貯蔵庫)に巣を作る