夏のような陽射し

雨の降った後の懐かしい土の匂い

薄っすらかく汗に

湿った空気が肌に纏わり付く



ゆうといた夏

    ナニヲシテイタカナ・・・・・・



ゆうと花火を見に行った

ゆうの友達やいとこと一晩中遊んだ

鎌倉と江ノ島を歩きまくった


このくらいしか記憶に出てこない

この時はゆうは夜に仕事をしていたから

時間に制限があってあまり出掛けられなかった



ゆうは今大手証券会社に口利きで入り仕事を始めた

正直頑張ってるなと言う反面、なんで今更・・・・という思いもある


私はゆうと婚約を交わしたときに

普通の仕事に就いて欲しいとお願いした


水商売がいけないという訳ではない

やはり親戚や親が納得してなかった

ゆうに私の親を安心させて欲しかった

だから婚約したときに私も頑張るという意味で仕事を始めた


頑張ってるのは分かってるけど・・・・

相変わらずゆうは水商売とバイトの日々だった



でも今になって・・・・

僕も若くないし結婚もしたい

君に安心感を与えなければならない

養っていかなければならない


・・・あの時あれ程お願いしたのに

今頃になってゆうはそういい行動し始めた



・・・今更遅いよ

何故もっと早くに今みたいに決めてくれなかったの・・・?


二人のタイミングが合ってなかったんだね・・・・

あの時はやはり・・・婚約するには早かったんだよ、ゆう・・・。






  



無理なのを知ってて

出来る筈の無いことを

ゆうはわざと言う


夏に一泊で

伊豆の温泉に行こうよ

もちろん旅費は全て僕が出すよ


一泊ぐらいなんとかなんないの?

かのんのお母さんも一緒に連れて行こうよ

お母さんに聞いてみて



かのんの実家にタクシー行かせるから

お母さんを東京まで一緒に連れてきて食事しようよ



・・・などなど、他にも沢山ありますが、

結構無謀なこと言います・・・


私はとりあえず、ケジメはつける人間で・・・

結婚してからゆうとは初めのころ一度食事しただけで

あとはメールのみ


出来ない約束は絶対しない

期待を持たせることもしない

何よりそれはゆうのため


出来ない約束や期待をさせてしまうことが

どれ程辛いか私は分かるから


ゆうもそれは分かってくれてる

でも一緒に行きたいっていう気持ちは嘘ではないだろう



・・・かのんと世界中旅行に行けたらどんなに楽しいだろう



婚約してたとき

ハワイ→ロサンゼルス→イギリス→イタリア→上海

この日程で数ヶ月間旅に出ることが決まっていた

もちろん途中のイギリスの教会で挙式を挙げて

最後に上海でもう一度結婚式を行う予定だった



そういったことが全て壊されたとき

一緒にどこかへ行きたい、旅行行きたいと言われても

不思議ではない・・・・


だからゆうがたとえ無謀なこと言っても

今の私には聞き流すしか手立てがない・・・・


ごめんね、ゆう・・・・・・・

でももし・・・ゆうと私が本当の意味で互いに運命の相手ならば

どんなに時が経っても、必ず結ばれる筈だよ


運命ってそういうものだと思うから

運命は私たちが生まれるまえから常に輪廻しているもの・・・


・・・だから


運命は時に優しく

運命は時に残酷なものとなる・・・






                    


    

   




  

かのん・・・

ゆっくり、ゆっくりと瞳を閉じてごらん

ゆっくり深呼吸してごらん


そうだよ


そうしたらきっと

己ずと答えがゆっくり見えてくる

今はただその問題に

深く考えずにそのままそっと・・・

身を委ねてごらん


君は賢いから

自分にとって一番いい答えを

見つける筈だよ


・・・そう

ゆっくり深呼吸したら・・・・


そっと瞳を開けてごらん・・・・




 




雲と雲の隙間から陽射しが零れる

まるで幼い頃に早起きしてみた懐かしい空のよう


結婚する前よりも

彼は更に深い愛情で私を包み込んでくれる

「海よりも深い愛情」という詞があるけど

彼のような愛しかたのことを言うのかな・・・と窓辺で

ぼんやりと考える


ゆうに「結婚する」と告げたとき

この目まぐるしい関係にゆっくりと終止符が打たれるだろう・・・

そんな気持ちでゆっくりと時が流れる中に身を任せた


任せるしかなかった

婚約破棄しズタズタに傷つけてしまったゆうの心を

私が癒すことは出来るわけもなく、自殺未遂するまでに

追い込んでしまったゆうの姿をだただた黙ってみてるしかなかった


でもゆうは「諦め」よりも「奪う」ほうにいった

「悔しい・・・・!」と口を開いたゆう

ひとり長男であるゆうは、ゆうの決めたことや言うことには

家族や親族は絶対逆らえない

ゆうが「こうだ」と決めたことは誰も口答えできない


上海では警察でもゆうに頭を下げる、そんな家柄

生まれながらにお金に不自由することなく育ってきたゆうには

「一億」なんてたいしたお金ではないという



かのんをお金で買うとかそういう意味ではないが

そこまでしてでもかのんを返してほしいんだ・・・

かのんがいる人生が僕の生きている意味になる

僕の命は君のものだ

君のためなら僕は死ねる



・・・前よりも複雑になってきたことは確かだ

それは全て私が招いてしまったのか・・・・

あの時、あのままゆうとの結婚を継続してれば

よかったのか・・・・


考えれば考えるほど頭がどうにかなってしまいそう・・・・




       




・・・ゆう?

あなた自分で何を言っているのか分かってる・・・?



もともと僕とかのんは婚約して結婚する筈だった。

僕は彼に一億払うのと引き換えに・・・かのんを返してもらう

来年の春、君は僕と上海へ一緒に帰るんだ



・・・冗談でしょ?

私は・・・お金と引き換えなの?

ゆうはそれで幸せなの・・・?




ちょうど僕たちが初めてデートした日は

梅雨の合間の・・・こんな綺麗な青空の日でしたね


僕は最初に君に逢ったときから

神様がやっと僕に女神を授けてくれたんだと感謝したんだ


君が悲しんでると

離れてても不思議と僕には分かるんだ


どんなに離れてても

かのんの心は僕にはわかってしまう


逢って君の顔を見れば

今君がどんなことを感じ考えているのかが

僕は分かるんだ


僕ほど君のことを全て理解出来る人なんて

この世にきっと僕しかいないよ


ねぇ My honey..........

I love you all the time.

I miss you honey.

My honey........!!








あなたのあまりの想いの深さに

ただただ・・・・見ていることしか出来なくて


「逢いたい、死ぬほど逢いたい・・・かのん」


その詞が心の底から呟き出たものだと

感じ取れることが出来れば出来るほど・・・・

私の胸は張り裂けそうになる


あの日から月日は確実に過ぎ去っているのに

ゆうの想いはあの日からさらに強く深くなっている


それが身に沁みるくらい感じ取れる


ねえ、ゆう・・・

今にもこの瞳から雫があふれ出してしまいそうだよ


「かのんが僕のもとに来てくれるなら・・・

慰謝料なんて僕がいくらでも払ってやる。君はなにも心配する

ことはないんだよ。裁判でも何でも僕は大丈夫。

僕は勝てる自信があるんだ。かのん・・・僕は君を奪い去りたい。

僕にかのんを返してもらいたい・・・・!」


・・・重く圧し掛かる灰色の空から雨が舞い降ってる。

窓越しに流れてくる雨をただ見つめては・・・小さく丸まって

声を殺しながら泣くしかなかった。




ゆうは私のために

上海に帰り留まることよりも

日本に残ることを決心した



かのんが心配で

君が結婚していようが

僕はかのんの傍から離れることが出来ない


どんなに時が経っても

かのんを永遠に愛する自身が僕にはある


・・・かのん

僕は君のために世界にひとつしかない指輪を用意したよ

君の写真をデザイナーに見せて

君のイメージで指輪を作ってもらったんだ


君が僕のところに来て

「指輪を嵌めて」

その一言で僕は君にこの指輪を嵌めて

君を・・・かのんを二度と僕のもとから離さないことを誓うんだ

何度生まれ変わっても

僕は君を探し・・・必ず君と恋をし結婚をする

永遠に僕たちは結ばれる運命にあるんだ


幸せにする

幸せにする自信は誰よりもある

かのんの結婚相手よりも遥かに自信あるよ

かのん・・・僕のかのん・・・



その指輪の写真を

ゆうは写メールで送ってきた


とても綺麗なデザインで・・・

大きなダイヤが穢れの無い輝きを放っていた


でも私はそのメールに答えることが出来なかった

ゆうがここまで私を必要とし

愛してくれるとは正直思わなかった


ゆうがただただひたすら

自分のもとに帰ってくるのを待つために

上海に帰ることをやめ

向こうでの仕事を破棄し・・・

親よりも何よりも

私を選んだその気持ちを考えたら・・・

私の心は今にも泣き出しそうだった



    




藍色の空からオレンジ色の空に変わっていく瞬間は

本当に美しく・・・紫がかる空の色はまるで夢の中に

存在するかのよう


星と月の幻想的な時間から太陽が昇る現実の世界へ



その朝の私は落ち着かなかった

ゆうのことがどうなったのか・・・・この眼で見てないし

確認もしてない

いったいどうなってるのか・・・


色々なことを想い、考えてるとき

私の携帯がブルッと震えた



そのメールはゆう本人からだった



「かのん・・・心配かけてごめんなさい。昨日僕がした

ことはぜんぜん覚えてない。

目が醒めたら病院で、付き添ってくれたマスターに

聞いてびっくりしました。


本当にごめんね、かのん・・・


でもこのまま意識がもどらなければ楽なのに・・・

って想った、君のこと想って死ぬなら僕は本望だった。


またメールします、愛しい僕のかのん・・・・・。」



・・・涙が溢れてとまらなかった

ゆうがとにかく無事だったことにホッとしたのと、ここまで

ゆうを苦しめてしまったことに、私は胸が痛くて苦しくて

どこに気持ちをぶつけたらいいのか分からなかった



ごめんねゆう・・・・・ごめん・・・・



春の穏やかな陽だまりのなかでただ泣く事しか出来なかった





涙が止まらない

ただただ、携帯を握り締める術しかなかった



「どうしてなの・・・ゆう・・・・・!?」





綺麗な三日月が浮かぶ午前2時半

枕元の携帯が震え、私は目を醒まし

彼を起さないように、そっとメールを覗き込んだ



『○○(私の名前です)ちゃん!!

ゆうが・・・ゆうがお酒を飲んでかなり酔っ払ってるうえに

睡眠薬を大量に飲んで今病院へ運ばれたわ、それに

左手首から血が出てる、朝起きたら連絡お願い!』



・・・エッ?



頭が真っ白になった

・・・待って、いったい何が起こったの?

私の携帯を持つ手が震えてる

ポタポタと生暖かい雫が枕に落ちてる



・・・ユウハドウシチャッタノ・・・



居てもたっても居られなく、病院へ行きたいけど・・・

いける筈がなかった

ただただ、不安の波が大きく押し寄せてくる



自分を落ち着かせようと、キッチンへ行ってお酒を口に含んだ瞬間、

私はおお泣きした

声が出ないように、気づかれないように・・・・



ゆう・・・・!死なないで・・・・・、



何度も呟き想い出すのは・・・私にだけ向けられる子供みたいな

笑顔だった

私を呼ぶ、ゆうの姿だった