昨日、雨の降る中、東京国立近代美術館で開催されている「生誕150年記念 横山大観回顧展」に行ってきた。

 

近代日本画家の巨匠横山大観の絵画は、美術館、ホテルや明治記念館等、

いろいろな場所で断片的に観てきた。

 

体系的に観たのは、10年前の国立新美術館で行われた「没後50年 横山大観―新たなる伝説へ」展であった。

 

東京・上野の不忍池の側にあった自宅は現在、横山大観記念館になっているが、

そこにも行ったことがある。

横山大観記念館

http://taikan.tokyo/guide.html

 

今回の展覧会は、明治・大正・昭和にわたって日本画を先導した

横山大観(1868-1958)の回顧展!

 

(構成)に沿って印象深い作品を記録しておきたい。

 

第1章 「明治」の大観

 

迷児(まよいご)1902

幼子をそれぞれの聖人(孔子、釈迦、キリスト、老子)が取り囲んでいる。
幼子は誰を選ぼうか戸惑っているようである。

 

「白衣(びゃくえ)観音」 1908 初公開(100年ぶりに発見された)

インドの風俗を念頭に置いて描いたとみられる作品

 

 

瀑布(ナイヤガラの滝・万里の頂上) 1911 佐野東石美術館

 

ナイアガラの滝は裏箔、万里の長城は金箔の技法を用い、異なる光(やわらかさと強さ)を使い、双方に墨と胡粉の雲を描くことにより、その画面を統一している。(解説より)

構想の雄大さを感じる作品だった。

 

第2章 「大正」の大観

 

 

現在は日本一長いとされる全長40.7メートルの画巻「生々流転(せいせいるてん)」1923

 

輪廻転生の思想を水の流転に例えて表した、といわれている。

山に降った雨がやがて、大河となり海に注ぎ、逆巻く波は渦巻く暗雲となって、龍とともに昇天していく。

水の流れに例えているが、さまざまな障害を乗り越えて生きていく人の一生のように

思える緻密な水墨画絵巻だった。

 

「生々流転(せいせいるてん)」の動画を発見した。

http://www.geocities.jp/qsshc/cpaint/seiseirutenmarquees.html click!

 

第3章 「昭和」の大観

 

夜桜 1929 大倉集古館

 

紅葉 1931 足立美術館

 

横山大観は、

西洋についての好奇心が強く、海外での滞在、見聞で多くを吸収し、日本の伝統を継承しながら、西洋を取り入れてきたことが作品群からうかがえた。

 

90歳で亡くなったが、死後、脳を解剖すると60歳くらいの若さを保っていたとか、

超人伝説を残した大観。

 

代表作を可能な限り集めた展示で、日本人として伝えたい何かを感じる。

だから大観は、今も多くの人を引き付ける力があるのだろう。

展覧会の動画を拝借

https://youtu.be/J7q8-6RbQkI

 

 

会場で流されたビデオの一コマ

 

最後に、横山大観の名言で、鑑賞の記録を締めくくりたい。

 

○画は人なり
人間が出来てはじめて絵が出来る。
それには人物の養成ということが第一で、
まず人間を作らなければなりません。

歌もわかる、詩もわかる、宗教もわかる、
宗教は自分の安住の地ですから、

大事なものですし、哲学も知っていて、
そうして、

ここに初めて世界的人間らしき人間が出来て、

今度は世界的な絵が出来るというわけです。
世界人になって初めてその人の絵が世界を包含するものになると思います。

○心の芸術 
朝夕というようなものも、私は気持ちを呼び返して描いている。

自然を観て、それをすぐにものにするということは難しい。

頭に一杯しまっておいて、何年か経って、自然の悪い所は皆消えて、いい印象ばかりが頭に残る。その頭に残ったものを絵にすれば、前に観た自然とは違うが、画家の個性はハッキリと出る。

〇芸術には眼で描く芸術と、心で描く芸術と二つある。

眼で描く芸術は技術が主になりたがり、心で描く芸術は技術を従とする傾きがあります。

当然前者は眼で観る外なく、後者は心で読むということになります。
ー横山大観の名言-