Tの食欲が爆発 | Tへ

Tへ

ブラックタイガーに濯ぐ .◦☆* 。*◦*~♪

お腹が空いた。

起きてきたTがジェスチャーで私に伝える。

調子が悪いときは

食べても飲み込んだはずの半分以上が

逆流してしまう後遺症だから

中々お腹がいっぱいにならない事は解っていた。

痩せて萎んでいく彼を横目に

私には何も出来なかった。

料理を作っても

食べづらかったり飲み込めずにリバースするばかりで

もう、お手上げ状態だった。

それでも

彼が食べたいと言うときには食事をひたすら提供する。

買物にも行っていないので

冷蔵庫にあるものを温める。


「ミートドリア食べる?」


問いかけたらうなずくので

温めて持っていったら

凄い勢いで完食してくれた。

逆流する事も無かった。

普段は食べ物を

テーブルに置いて

ゆっくりとつつきながら吟味するのに

今朝は器を離さず手に持ったまま

パクパクと美味しそうに食べていた。

相当お腹が空いていたのかな。

そんな様子に驚いた。

その後

私は予約先の病院へ1人で行った。

すぐ近所の町医者なので通うのに便利。

痛み止めの処方箋を出してくれたけれど

お金が掛かるから

薬局へは行かずにまっすぐに帰宅した。

Tの部屋へ行くと


「ポテトある?」


そう筆談してきた。

今朝、食べたばかりなのに

フライドポテトが食べたいらしい。

食べられる時に食べて欲しい。

急いで階下に降りて

ジャガ芋の皮を剥いて

うすくカットして

少ない油で素揚げして

ほりにしを振り掛けて持っていった。


「熱いから気を付けてね。」


そう伝えたけれど

あっけなく完食していた。

それからしばらくして

ジェスチャーでお腹をさすっている。


「お腹空いたの?」


問いかけると

悲しそうな表情で

食べたいと訴えている。

冷蔵庫に常備してあった

スパイシーカレーを温めて持っていった。

器から手を離すこと無く

ずっと食べている。

凄い食欲だなと驚きながらTを見守る。

朝からずっと食べっぱなしで大丈夫かなと

気がかりだったけれど

かなり痩せてしまった分

身体が元に戻ろうとしているのかもしれない。

もう充分食べたから大丈夫かなと思っていたら

再び、お腹が空いたとジェスチャーしてくる。

買物に行っていないから

何を作ろうかと迷って

冷凍ご飯を温めて

冷凍の肉も解凍して

牛丼を作って持っていった。

これだけ食べたら大丈夫かな。

私も少しつまんだけれど

それもあっけなく完食している。

彼の胃袋はいったいどうなっているのだろう。

倒れて傷だらけになった顔面の回復力も早い。

もしかしてTは

宇宙人なのかな? なんて思ってしまう。

これだけ凄まじい病気に罹患しながらも

不死身で食欲も出てきた。

頼もしいし食べてくれる様子を見ていると嬉しいし気持がいい。

これだけの重病を抱えていながら

あまりにもタフなTの様子に私は驚いてしまう。

舌も声も失いながらも

生きようとする彼の姿勢に

心からエールを送りたい。

Tを見ていると

病気が寿命を脅かすのでは無く

生きる威力を与えられているようにも感じる。

数十年前は

癌と告知されると

人は死を意識していたと思う。

でも

今の時代は違うことを

彼を見て確信している。

延命では無く

根治出来る。

失う機能があっても彼はこれだけ食べて

生きている。


「お腹空いた~」


再び彼がジェスチャーしてくる。

また?

と思った。

仕方がないからレトルトの

マーボー春雨3人前を作った。

何を出しても食べ続けている。

大丈夫かな。

あっけなく完食して寝床へ行ってしまったけれど

仮眠してまた起きてきた。


「何かある?」


まだ食べるみたい。

ツナとベーコンのマカロニサラダを持っていった。

これも

さらっと食べて

まだ食べたいと言うから

ポテトサラダを持っていった。

食べすぎだと思うけれど

痩せてしまったし

もっと太った方が良いのかな。

私は病院から帰宅して

治療の痛みで全く食べられなかったけれど

Tの食欲が

いつもより激しいものだから

なんだか嬉しかった。

お腹いっぱいになって本人は

満足して寝てしまったけれど

彼の食欲が

このまま続いてくれたら良いなと思う。

きょうは

冷し中華を作る予定だったけれど

食べすぎてお腹いっぱいの様子だから

明日、作れたらいいな。

ここ数日

涼しくなってきて

季節外れの料理だけど

1回位は食べておきたいものね。

病気に罹患する前までは

1日

7合のご飯を食べるような人だったらしい。

今は多くの病気の影響もあるけれど

それでも食欲は失われていない。

食べても飲み込めない彼を

ずっとみてきたけれど

今日

こんなに食べるものだから

Tの生命力に驚いている。

たとえ癌ではなくても

年齢を重ねていくと

身体の故障は沢山出て来る。

生きようとする意識だけで無く

生きたいという気持と

彼の根底に潜む力を感じる。

勿論

今後も治療や診察はずっと続くけれど

本人が生きたいと必死に頑張るパワーが

一番のエネルギーなのかな。


「死を感じるのは相当恐い」


数年前に彼は私にそう言った。

それならば

貴方が生き続けられるように

私は支えたいと思った。

出逢ったときから

終わってしまう関係を意識して覚悟して

ずっとTに寄り添ってきたけれど

こんなに頑張ってくれるなんて思いもしなかった。

声さえ失っても

彼は生きようとしてくれる。

今の医学は進んでいるし

癌なんて共存して生きて行くものだとも思う。

だから徹底して

病魔を叩き潰すように通院を続ける。



彼の身体の中に癌はいない。

根治している。

でも

油断は出来ないから警戒しながら彼と歩む日々。

こんな人生だけれど

それでも生かされているのだし

食欲旺盛になってきたから

良かったのかな。

 

いま彼に伝えたい。

生きてくれて

ありがとう。