ブログ・445「平和の俳句 3」2018・5・30
2017年、3年目の「平和の俳句」は、83歳の女性の「寝た気する起きた気のする平和かな」ではじまった。共謀罪、言論の不自由が迫ってくる気配、戦争の記憶がますます遠のいていく。戦争を覚えている人がどんどん減っていく。思いはあっても行動の伴わない自分の性行、「聞いてほしい」のにまともに「聞こう」という人はほぼいない。3月6日に、「おばあちゃん原爆のときどこにいたの」という句が採っていただけた。
この年は、私もいろいろ「句」を作ってみたメモがある。「星月夜いまを平和というなかれ」、「幸せになってもいいよと死者がいう」、「平和はもうないんだと新聞読む」、「絵の具欲し冬晴れのこの青が欲し」、「七夕は戦争の始まった日だ忘れない」、夏になると各地で花火大会がある。花火は戦争犠牲者の鎮魂の行事に思えてならない。花火で「句」を作ろうといくつか書き付けてみた。「バンバンと花火散りゆく原爆忌」、この句は送ってみたが、ボツになった。
この年8月、選者の金子兜太さんが退任された。兜太さんが選者をされたのは、8月掲載分までである。
11月、私は米寿になった。「米寿にて改憲を急(せ)く論議聞く」、この句は送ってみたけれどボツになった。確かに希望のない句は「平和の俳句」にふさわしくない。
さて、「平和の俳句」は2017年で終わりになった。引退した金子兜太さんは、すべての「平和の俳句」作者、読者へのご挨拶として「東西南北若々しき平和あれよかし 白寿兜太」の句が送られた。
(3年間の統計)
投稿総数 13万1288句
通算掲載句数 3年間で1064句
投稿者の年齢 2歳から106歳まで
「平和の俳句」が終わったのは、くれぐれも残念だ。けれども、俳句を作る能力も習慣もなかった私に、俳句で平和の訴えを試みるチャンスを与えられたことに感謝したい。ありがとうございました。