最終話 約束よ その4
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暑い日差しがサンサンと降り注ぐ。
まだ朝ということもあり涼しい風が吹いているが、これが昼になったら恐ろしいくらい暑くなると予想できる。
一人の男子生徒がパタパタと手を団扇代わりにして風を起こすように煽っているがまったく効果がなさそうだ。
彼が赤信号を見ながら立ち止まっていると、後ろからポンッと肩を叩かれた。
振り向くとそこには一年前から好意を抱いている女子生徒。
「さっ!!さっ、さっサエちゃん!」
「りん君、おはよぉー!」
ニコニコと微笑むその笑みを太陽が照らす。
そのため本当に輝いているように見えた柏木は、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「りん君も夏期講習?」
「あ、うん。サエちゃんも?」
「そうだよ!なんで一緒じゃないのかな?」
「4組は1、2、3組と合同だからね。」
「悲しいなぁー。サエ、りん君と同じクラスで勉強したかった!」
拗ねるようなその表情を見た柏木が顔を真っ赤にさせ期待してしまっている事になんて気付かずに天使は会話を続ける。
「うえー、暑い…」
「暑いねぇ。」
「マジやんなっちゃうよぉ。鼻が焼けるー!大きい鼻が!やだー!」
「そっそんな事ないよ!サエちゃんの鼻っ…す、好きだよ!」
「え!?ほんと!?」
「うんっ。」
「りん君も鼻大きいし、仲間だね!」
「ちょっ…!えっ!?」
気にしている事を平然と言われ戸惑いを隠せないでいる柏木は、それでも「おっきい鼻とおっきい鼻ー!」と嫌味なく楽しそうにしている天使を見て無意識に微笑んでしまう。
サエは俯き口元だけ少し微笑んでからチラリと柏木を見上げた。
「りん君。」
「え?」
「サエと仲良くしてくれてありがとう。」
「えっ!?な、何?どうしたの?」
突然の言葉に慌てる彼を見ながらサエはふんわりと柔らかく微笑んでいる。
「なんかさ、りん君って腹黒とか他人に興味なさそうとか言われてるけど…」
「は!?誰が言ってるの?そんな事!」
「え?なんか噂。」
「ショック…。」
「あはは。でもそれはりん君が自分の意見より他の人の事を優先させてるからだって、サエは知ってるよ!内に秘めるタイプだからそう思われやすいんだよね?」
その言葉に顔が赤くなった柏木は、サエの輝く笑顔を見つめている。
「本当に心優しい人だよ、りん君は。だからもっと自分に自信持ってね?周りともっと仲良くなればりん君の良さ、皆わかってくれるよ。」
「サエちゃん…。」
突然天使が彼の手を握ったので、柏木は赤く染まった顔を更に紅潮させアワアワと慌て始めた。
そんな様子も気にせず、サエは目を瞑り何かを祈るようにぎゅうっとその手を強く握り締める。
するとそこから不思議な熱が伝わってくる事に柏木は気付いた。
「りん君に幸せが訪れますように…。」
そう呟いた天使は彼から離れ、手を振って走り出した。
暑い日差しの中、どんどん遠くなる彼女の背中を見つめながら柏木は自分の手をもう片方の手で握っている。
まるで先ほどの感触を二度と忘れることのないよう噛み締めているように。
***
一時間目の講習が終わり少し長めの休み時間。
3年生は毎日勉強に追われ、中には寝る間も惜しんで机と向かい合っている生徒もいるらしい。
この時間、3年4組の生徒はトイレや違うクラス、3階廊下にある広場で休憩している者が多い。
そのため休み時間といってもこの教室にはあまり人がいない。
そんな中、一人の男子生徒と2人の女子生徒が席に並んで座り話し合っている。
「やっぱたかみなは推薦でいくの?」
「ん?んー、そうしようと思ってるけど…。」
「その方がいいよ、たかみな馬鹿だし。一般で受けたらすぐ不合格だよ。」
「ちょ!にゃんにゃんに言われたくないわっ!」
「…。たかみなと同じ大学行こうかなー?」
「え!?いや、敦子ならもっと良い大学に…」
「そうだよ、あっちゃん頭良いんだから。」
「にゃんにゃんはどうするの?」
「えー?私も推薦で楽に受かりたいなぁー。」
「遅刻多いし頭も良くないから無理やん。」
「じゃあたかみな一緒のとこ行こー?どうせ成績も同じくらいなんだしさ。いっつもテストの順位一個違いじゃん。」
「え!?に、にゃんにゃんと!?同じ大学…!?」
「…。やっぱ私も同じとこ行く!」
ムキになった少女は男子生徒の袖を引っ張りもう一人の女子生徒に対抗しているようだ。
そんな彼女を見ながら不思議そうに首を傾げた美少女は、そのホクロのある厚い唇に指を当てている。
そんな騒ぎの中、教室にひょっこり現れた少女の姿。
彼らに近づくとたかみなが彼女に声をかけた。
「おっ、サエちゃん。」
「あ、元気!」
「サエちゃーん!」
くしゃっと笑う敦子にぎゅうっと抱きついたサエは満足そうにその頭を撫でている。
「才加なら近くのコンビニ行っちゃったよ?」
「あ、違う違う。今日は…んーと、みんなに用事があって。」
「みんな?」
「あの、これまで色々ありがとうって伝えたくて。」
そんな彼女に「なんやー、突然!」と声を上げる背の低い男子生徒。
サエはニッコリ笑いながら突然たかみなの手を握った。
突然の女子との触れ合いに慌て始めた様子を気にもせず、天使は頷きながら「なるほど」と呟いた。
「え?な、なに?どうしたん?サエちゃん。」
「代表してたかみなに。…んー。きっとどっちと結ばれても幸せになれるね。」
「は?」
何の話をしているのかわからない彼の手を強く握りながら目を閉じるサエは、「3人が幸せになれますように!」と言いながら笑った。
「3人とも、いつまでも仲良くね!じゃあバイバーイ!」
彼らに手を振り教室から出て行く彼女の姿をポカンとしながら見つめている3人。
するとポツリと小嶋が呟く。
「えー?なに今の。サエちゃん、消えちゃうのかな?」
「いや、そんなわけないでしょ!」
たかみながそうツッコミを入れると、敦子は「また皆で海行きたいねー」と言いながら微笑んだ。
夏の日差しを窓から受けながら、3人は去年の思い出話に浸りチャイムが鳴るまで談笑し続けた。