最終話 約束よ その5
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「ひ、ヒマな日ある?息抜きにちょうどええやん!」
「んー…まだわからんと。」
3階の廊下突き当たり。
広場のように開けたその場所には数個の丸テーブルと椅子が置いてある。
そこでお昼ご飯を食べたり、今のようにちょっとした休み時間に友人とゆっくりするなど、利用の仕方は様々。
数組のグループが座る中、2人の男女がそこに腰をかけ話し合っている。
「じゃあ、今週は?」
「んー、日曜はみちゃと遊ぶ約束しとるし…」
「また?あの一個下の子やろ?」
「うん、可愛いんだよぉ~。あとあの河西さんもお気に入りなんだけどいまだに声かけれん。めっちゃ可愛い!」
「確かに河西さんはかわええけどなぁ。」
ハッキリと他の子を可愛いと言ったことに対して少し不機嫌になった女子生徒は、彼に背を向けたまま話続けた。
「勉強もしなきゃならんし、当分ヒマないと思う。」
「そ、そんなぁー…」
ガックリと項垂れる男子生徒の手の中には映画のチケットが2枚。
どうやら彼女を誘ったのだが、微妙なニュアンスで断られているらしい。
悲しそうにため息をつく彼をチラリと盗み見た少女は、少し罪悪感に苛まれているような表情を浮かべている。
するとそこへ近づいてくる2人にとって見慣れた姿と足音。
「おーい、梅ちゃーん!たこ焼きー!」
「あ、サエちゃん。」
「おー、久しぶりやな。あ、さいかならコンビニやで?」
「違うよー!2人に用があって来たの!」
いひひっ!と歯を見せて笑うサエの姿に、梅ちゃんは「え?なになにー?」と少し嬉しそうにしている。
「もう4人で遊んだ日から1年経つんだねぇ。」
「ホンマ早いなぁ。」
「また4人で遊びたかったなぁ…。」
ポツリと寂しそうに呟いたサエに、梅ちゃんが励ますように腕をポンっと叩いた。
「受験終わったら暇やしまた才加も誘って遊ぼう?ね?」
「せっ!せやな!また4人で!」
増田は梅ちゃんの発言がよほど嬉しかったのか勢い良く賛同の声をあげている。
そんな2人の顔を交互に見ながら幸せそうに微笑んだサエ。
「ありがとう。梅ちゃん、たこ焼き。」
「どうしたのー?サエちゃん。」
「てかお前、なんで俺だけずっとたこ焼き呼びやねん!名前知らへんの?」
「え?増田だっけ?」
「知っとるやないか!呼べ!本名で!」
そう突っ込んだ増田を無視するかのようにぎゅっと梅ちゃんの手を握るサエ。
「梅ちゃんは本当はすっごい頑張り屋さんだから、あんまり無理しないでね?お茶目なとこ大好きだよ。それ以外も全部大好き!」
「サエちゃん?」
天使はそう告げると反対の手で増田の手を取る。
「は!?な、なんや!?」
「たこ焼きはなぁー…うるさいからなぁー。」
「いやだからさ、お前にだけは言われたない!」
「でも芯がちゃんとあってブレないところが素敵だと思う。癪だけど。」
「一言多いわ!」
「いつもサエとバカな事で盛り上がってくれてありがと。」
「お、おう…」
「お前はもっとガツガツ行っていいぞ!」
「もうなんやねん、そのアドバイス!」
ケラケラと笑ったサエは、目を瞑り何かを祈っているようだ。
暖かい何かが体に送り込まれるような感覚に、梅ちゃんも増田も不思議に感じたらしい。
サエは手を離した後、2人に向かって微笑む。
「二人とも、お幸せにっ!」
「…は?」
「なっ!何言うてんねん!お前は!」
真っ赤になった2人の顔を見たサエはイタズラに舌を出してその場を離れた。
顔を紅潮させた増田は隣にいる女子生徒を一度盗み見ると、彼女も顔を赤くして彼を見ている。
目が合った瞬間、バッと音が聞こえるほど勢い良く視線を逸らした2人の間に漂う微妙な空気。
あかん…どないしよ?
増田がこの雰囲気から脱出する方法はないだろうかとアレコレ考えていると、梅ちゃんが小さな声で呟いた。
「…。で、いつ行くと?映画館。」
その言葉を聞いた瞬間、目を丸くする増田。
梅ちゃんを見ると、顔を背けているが赤く染まった耳だけは隠せないでいる様子。
そんな彼女にバクバクとうるさいほど鼓動が早くなった増田は、焦りながら返事を返した。
***
教室へ戻ろうと、2階の長い廊下を歩いている女子生徒。
暑い日差しが窓から差し込んでいるその一本道。
サエはそんな彼女に後ろから声をかけようとしたが、その前にクルリとこちらを振り向いたので思わず驚きの声をあげてしまう。
「やっぱサエちゃんか!」
「なんだー、バレてたのかぁ。」
ちぇっと少し悔しそうにするサエに微笑むなっつみぃ。
そんな少女にサエは少し照れたように微笑んだ。
「夏海、学祭の時ダンス教えてくれてありがとう。あとクリスマス楽しかった。」
「え?今さらじゃん。」
「そうだけど!お礼言いたいの!」
クスクス笑う夏海はサエの顔を見ながら懐かしそうに目を細めた。
「私こそありがとう。」
「え?」
「あの時…お婆ちゃんの葬式の後、そばにいてくれて。」
その言葉にサエは驚いて目を見開くと、口をパクパクと開閉させている。
そんな彼女の様子に思わず吹き出してしまう夏海。
「何その顔!」
「なっ、夏海!気付いてたの!?」
「気付いてたよー。だってサエちゃん、あの時とまったく同じなんだもん!」
あれは数年前のある晴れた秋の日。
サエは生涯を全うし召された老人の魂を天国へ連れて行くためこの区域へと向かった。
迎えに行った老婆はとても礼儀正しくてニコニコと常に笑顔なのが特徴的な方。
一緒に天国へと辿り着くと、老婆は自分の孫が泣き止まなくて心配だと困っていたのでサエが様子を見に行くことに。
葬式が終わった松原家へと向かうと、話通り泣き続ける子供の姿。
サエはその家へと侵入し彼女を安心させるようにあやし続け、彼女が寝るまでそばにいたのだ。
それから数年経った去年の秋。
学祭の準備期間中、秋元家で顔を合わせた瞬間あの時の子供だとすぐに気付いた。
大きくなったなぁ…と感動していたが、正体を隠している身でその話をする訳にはいかなかったためスルーしたことを思い出す。
まさか本人も気付いていたとは。
「サエちゃんが何者なのか聞かないけどさ、なんか不思議な体験出来て嬉しいなー。」
夏海はニコニコしながらサエを見つめている。
ありのままの自分を驚かずに受け入れてくれた彼女の手を、天使は嬉しそうに握った。
「夏海、サエも会えて嬉しいよ!こんなに早く成長しちゃうなんて人間ってやっぱり不思議だなぁ。」
「あははっ。そうだねー、人間って不思議だね。」
「本当にこういう巡り合わせってすごい。嬉しい。本当にありがとね。」
サエはその手を力強く握り締めると、そのまま彼女に手を振りその場を離れた。
人間というのは複雑な生き物である。
大人になるまでの思春期と呼ばれるその短い間に、彼女たちは悩み葛藤し、たくさん笑ってたくさん泣いてその心を育てる。
大人になる事のない天使は、そんな彼らの成長を間近で感じ、少しの寂しさと羨ましさ、そして我が子を見守るような感情を胸に溜め込むのだった。