彼女になれますか? 【AKB創作小説】 -5ページ目

彼女になれますか? 【AKB創作小説】

AKB48のメンバーをモデルにした長編創作小説サイトです。男体化あります。少し不思議な学園ラブコメ風な内容になる予定です!チームK&二期生中心。







最終話 約束よ その8







***



玄関の扉を開け、彼の部屋へと向かう。
するとベッドに腰をかけて自分を待っていたであろう想い人の姿。

「…遅かったな。」
「うん。」

天使は彼へと近づき、彼を見下ろす。

「オカロ、お願いがあるの。」

その真面目な表情に才加は息を飲み、ベッドの上から立ち上がった。
サエは少し遠慮するように彼の着ているTシャツの裾を握りしめる。

「あのね、行きたい場所があって。」
「どこ?」
「…。ヒマワリ畑。」

そう答えた彼女の表情は俯いているせいで見えないが、きっと自分の感情を出さないように我慢しているのだろうと彼は気付く。
いつも笑顔を振りまいてばかりの天使は、負の感情を見せてはいけないものとでも思っているのだろう。

「お願い…。オカロの教えてくれたあの景色を見ながら…。最後に、ね?」

顔を上げた天使は、無理して笑顔を作り彼を見上げている。
語尾を濁すように誤魔化した彼女のその真意はわからない。
心配させないようにか、それとも言葉にすることを恐れたためか。
そんな彼女に頷き、一緒に部屋を出た。

最寄りの停留所へと向かうとちょうどバスが来たところ。
急いで乗り込むとすぐに出発したその乗り物にはしゃぐ天使。

いつもと同じ笑顔、同じ仕草、同じ声色。
まるで儚い夢のよう。
これから来るであろうその運命など嘘のように、彼女は普段通り。
バスに揺られながらサエは隣に座る彼のゴールドラインジャージを見つめている。

「そのジャージ好きだねぇ?」
「気合入れたい時の金色ジャージ」
「きあいっ!」
「え、なんかベロ長くない?」
「うえー?誰?サエ?」
「うん。」
「いや、待って?なんで今?なんのタイミングで思ったのさ?」
「ちがっ、しゃべってる時ベロ見えたから。」
「もー、何なのー?すぐ訳わかんない話するー!」

くだらない会話に楽しそうに笑う天使は隣の彼の肩を何度も叩いた。
本当にいつも通り。
これが現実なのか夢なのかわからなくなりそうだ。

バスが角を曲がるために大きくカーブすると、天使がバランスを崩して彼の肩にもたれかかる。
どうしてそれがキッカケになったのかわからないが、彼女の首元で揺れるネックレスを見た瞬間ふと現実に戻された。

消えたらこうやって隣に座ることもない。
もたれかかることも、触れることも出来なくなってしまう。

急に黙り込んだ彼に気付いた天使は、同じように口を閉ざした。
きっと彼の感情に気付いたのだろう。
会話が途切れ、目も合わさない2人を乗せてバスは進む。
いつの間にか郊外の民家を走っているその光景を眺めながら、目的地に近づいているんだと実感する。
森林の中へバスが進むと才加は降車ボタンを押した。

ピンポンという音が、2人を緊張状態へと陥れる。
ずっとこのバスに乗れたら、どんなに幸せか。
時間も進まずに、どこまでも走るバスに乗っていられたら…。

不可能だとわかっていても考えてしまうのは、きっとまだ覚悟が出来ていないからなのかな?とサエは静かに自嘲した。

そんな彼女の期待を裏切るように停車するバス。
才加は小さく「降りるぞ。」と彼女に伝え、2人は外へと下車する。

緑に囲まれた道路。周りは林だらけ。
この前の景色と同じ。
一つ違うところは、この前よりは日が落ちていること。
それもそのはず。時刻はもう夕方近い。

才加は何も言わずにサエに背を向け歩き出す。
これも前と同じだと天使は苦笑いを浮かべ、彼の隣へと駆け出した。

小道を抜けると、広大な草原が現れる。
サエはその光景を強い決意を持って見渡し、才加と一緒に歩き出した。


遥か広がるその丘の上へと辿り着くと、天使が待ち望んでいた光景がそこに存在していた。

夕陽に染まった向日葵。
風が吹くと一斉に揺れるそれを眺めている彼女は、初めて見た時と同じくらい感動している。


これがもう一度見たかった。彼と一緒に。
再び見れるなんて、夢みたいだ。

零れそうになる涙を抑え、天使は隣にいる彼に「ありがとう」と呟いた。
その場に腰掛けると、彼も隣に座る。

2人で肩を並べてその光景をただ眺めるだけ。
その時、少し強い風が草原に吹き渡った。
天使は「うわぁっ」と声をあげて驚いていたが、彼女が隣にいて盾になっていたため才加への被害は少なくて済んだようだ。

「うえー、髪ぐしゃぐしゃー。」

才加はそう嘆くサエの髪を撫でつけて整えてあげている。
それが気持ちよかったのか目を細めてされるがままになっている天使は、とても幸せそうに微笑んだ。

「ねぇ。」
「ん?」
「たっくさん、色んなことあったね?」
「…んー。」

才加のその素っ気ない返事に、ニコニコ笑いながら顔を覗き込む天使は思い出話に花を咲かせようと口を開く。

「海にも行ったし、動物園と映画にも行った!」
「懐かしいな。」
「プレメタミウム、綺麗だったね?」
「…プラネタリウムだろ?」

あー!また間違えた!と残念がっている天使を見ながら、ふっと吹き出した才加。
そんな彼を見たサエは嬉しそうに頬を綻ばせた。

「あとさ、オカロのバスケの試合見に行った!」
「去年も見に来てくれたもんな?」
「たこ焼きの活躍、悔しいけどすごかった。オカロはー?」
「俺は女にされた時が一番恐ろしかった。」
「あー、それね!もう今になったら笑い話だわ!」
「いや、今でも笑えねぇからな!」
「あはは、うそうそ。あの時は焦ったねぇ。」

懐かしむようにたくさんの思い出を振り返る2人。
夕陽がどんどん落ちていく中、サエは目の前に広がる向日葵を見つめたまま動かなくなってしまった。
才加が顔を覗き込むと、天使はへにゃりと情けなく微笑んだ。

「こうやって考えると、サエって天使のくせに結構経験してるよね?」
「んー。」
「すごいなー、もうずっと天使として生きてきたけどこんな体験したことないもん。絶対サエ以外の天使、学校行ったりとかしてないよ!」
「確かに。すげぇじゃん。」
「うん!楽しい思い出ばっか!もう思い残すことなし!」

サエは満面の笑みでそう告げ両手を天に掲げた。
もう一度手を下ろし、沈みゆく夕陽に照らされている向日葵を眺める。

「…心残りがあるとしたら、優子ともう話せなくなっちゃうことかなぁ…。」
「…。」
「優子だけじゃない。めーたんにも香菜にも…。ともーみに梅ちゃん、たこ焼きにだって…みんなに会えなくなるのが、つらい。」

前を見つめていたサエは一度唇を噛んでから俯いた後、再び目の前の向日葵畑に視線を移した。
その瞳は悲しみと諦めを浮かべたように揺れている。

「でも、一番辛いのは…オカロと話せなくなること。顔が見れなくなること。触れなくなること。」
「…。」
「やっとわかった好きって気持ちが、感じれなくなること…。」

ポツリポツリと自分の思いをゆっくりと伝えたサエは、隣にいる彼が涙を流しながら膝に顔を埋めている事に気付いた。
そんな彼にぴったりとくっつくように距離を縮めた天使は、笑いながら彼の顔を無理やり上げさせる。

「もぉー!すぐ泣くなよ!」
「…っ。」

肩を震わせて泣いている彼の頬に流れるそれを、サエは自分の手で拭う。
手の甲に付いたその雫を見つめながら、彼女はポツリと呟いた。

「思えば、これが全ての始まりだったっけ。」
「え…?」
「オカロの涙だよ。涙を流してくれたから、サエは元に戻れてオカロと出会えた。」

流れ続けるそれがあったから今の自分がある。
自分の体の中に存在するその雫を手で拭き取った後、天使は彼の顔を愛おしそうに見つめた。

「本当にありがとう。」

心から感謝を表すかのように微笑んだサエ。
しかしその笑顔から目を逸らした才加は、俯きながら小さな声で彼女に告げる。

「…俺のおかげで戻れても、消える原因も俺じゃあ意味ねぇよ。」

自分の言葉に胸が苦しくなる。
ずっと心に引っかかっていた。彼女が消えてしまう理由が自分という事実。
どう償っても償いきれない事に、才加は数日悩まされている。

一人の存在の命を消すという重さに耐えきれない。それも他でもないサエの。
罪悪感で満たされた心が張り裂けそうなくらい痛み出す。
そんな彼に天使は静かに答えた。

「…どうしてそんな事言うの?」

その声は明らかに怒りを含んでいて、思わず顔を上げて彼女を見つめる。

「そんなの関係ないよ。サエは幸せだったよ?」
「…。」
「サエはオカロを好きになれて嬉しかったから、この気持ちを選んだの。サエがそうしたかったの。だからそんな事言わないで。」

その強い決意に素直に「ごめん」と謝ると、再び微笑んだ天使。

「ねぇ、そんな悲しい顔でこっち見ないでよぉ~。笑顔見せてー?」
「…。」
「オカロー。泣かないで?だってサエ達、また会うんだよ?会えるのに泣くのは変だよ。」

彼の腕をギュッと握り締めたサエは、それでも笑わない彼に苦笑いした。

夕陽が沈んでいく。
空はすでに紫色に染まり、2人の真上には星が見え隠れしている。

向日葵畑の向こう側、もう見えない太陽の光を浴びた雲だけがオレンジ色に染まっている。

その時、強い風が草原に吹く。
通り過ぎたその風は、数秒後には無数の向日葵を揺らしていた。

運命の風…と天使は小さく呟いた事に、才加は気付いただろうか。

「…オカロ。」
「ん?」
「そろそろ時間かも。」

その言葉を聞いた才加が彼女を見ると、困ったように笑っている。
しかしすぐに変化に気付いた。

彼女の足元にキラキラと小さな光が舞っている。
目を見開きながら驚くと、次第に天使のつま先が透けていくのがわかった。

その光景を目にした才加は、必死な表情で勢い良く彼女を抱きしめた。

「わっ。いたいよぉ。
「サエっ!行くな!」
「うぅ~…」

サエは溢れ出しそうになる涙を堪えるように呻く。
小さな光の屑が彼女の太ももまで上がった時には、すでにつま先は消えていた。

才加は泣きながら天使をキツく抱きしめる。
どうして?こんなにも強く彼女を腕の中に閉じ込めているのに。
どんどんその姿が消えていくを目の当たりにした彼は、腕に力を入れた。

「サエっ…!いやだ、消えるな!」
「オカロぉ…」

キツく抱きしめられたサエは、その肩に頭を乗せながら彼の温もりを噛み締めている。

消えたくない。一緒にいたい。
だけどどう足掻いても叶わぬ思いに、サエは困りながら目を瞑った。

胸にじんわりと広がるその感情に浸り、絶対忘れないと誓う。
ぎゅうっと抱きしめられたせいで手が彼の胸に押し潰され痛みを感じ、身をよじったその時。

ガバッと勢い良くサエが顔を上げ、才加の顔を見上げた。

突然のことに面を食らった才加は声を掛けることも出来ず、ただただ見つめ返すことしかできない。

サエは目を丸くして驚いたような表情を浮かべている。
そして何かを確かめるように彼の胸元を摩った後、ぎゅっと握りしめた。
一体どうしたのだろう?と疑問に思っていると、天使は震える唇で彼に一言告げた。

「オカロ…、ありがとう。」

目の前には最上級の幸せを噛み締めているような表情の天使。
その言葉が何を指しているのか理解出来ないため何も言えずにいる彼の頬に、天使は手を添えた。

「ねぇ、オカロ…笑って?」
「…っ。」
「お願い、最後にっ…笑顔見たいの!」

懇願するように声を張ったサエに、才加は泣きながら微笑んだ。


ふわりと彼の前髪が揺れる。
辺りは向日葵と一面の緑。
草原の風の中に、愛しい彼の微笑み。


その光景を見た瞬間、天使の心はぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。
幸せな痛みだと、サエは実感する。

もっと味わっていたかったのに、それはすぐに止んでしまう。
不思議に感じた天使だったが、すでに胸元まで消えかかっている自分の体を見下ろして納得した。

もう消えてしまう。
でもその前に、どうしても彼に言いたいことがある。

「サエ、絶対に人間に生まれ変わるから。」
「…。」
「でね、絶対オカロに会いに行く。」

何年かかるかわからない。
だけどきっと、必ず彼と会えると天使は信じている。
いつの日かどこかで、運命が2人をきっと引き寄せると。

サエは強く固い決意を秘めたその瞳を才加に向け、首元のネックレスを一度握りしめてから再び彼の胸元に手を置いた。

「だから、お願い。その日までサエの事忘れないで?」
「…っ。」
「ね?絶対会えるから。覚えてて、サエの事。忘れないでね?」
「…わかった。」
「ほんとう?」
「ずっと、待ってる。」

才加がそう告げると、嬉しそうに微笑んだ天使はキラキラと光に包まれる。
体もほとんど消え透けていく中で、それでもサエは彼に笑いかけた。
いつもの、太陽のように明るい笑顔で。



「約束だよ?」




日が沈む。

紫色に染まった空に、小さな光の屑が舞い上がる。
彼女が星になるようなその光景に、才加は息を飲んだ。
消えゆく中で、残されたのは小さな光に包まれた天使の微笑み。

「オカロ、あのね…」

それでも最後に明るく彼に伝えようと、彼女は大きく口を開いた。


「サエ、オカロが大好きっ!」


その言葉と同時に彼女を包んでいた光が散り散りになり、夜空へと舞い上がる。

抱きしめていた腕も、ただ宙を掻くだけ。


才加はそのまま俯き、泣き崩れる。
肩を震わせながら最後に交わした約束を、もう一度思い返していた。

“絶対に会えるから。覚えてて、サエの事。忘れないでね?”

「…忘れられねぇよ…。」

才加はそう呟き、後悔の涙を流す。

天使に出会えた奇跡に、そして自分の気持ちに、今さら気付いたのだ。

頬に直接触れる微かな風。
その感覚に、先ほどまで隣にいた存在がこの風を遮っていたのだと思い知らされる。

確かに隣にいたのに。笑い合っていたのに。
彼女はもういない。
そう実感せざるを得ない。

才加は泣きながら彼女が消えて行った空を眺めた。

「…サエ。」


もしかしたら答えてくれるのではないかという期待を込めて、才加はそう呼びかける。
しかし返事は返ってくることはない。


涙を流しながら彼は再び夜空を見上げた。



どうしようもないくらい、星が美しく光る。



隣を見ても彼女はいない。
彼の目の前には広大な向日葵畑が広がるだけ。


才加は暫くそのまま動かずに、その光景と夜空を見渡すことしか出来なかった。