第15話 奇跡は間に合わない その5
***
「あー!もう!この問題わからんわー!」
「だからこの公式を使うんだって。」
「たかみなって見た目と違って勉強出来へんとこがなんかおもろいよなぁー」
扇風機が回る音と男子のうるさい声が響く一室。
網戸から聞こえる蝉の声と窓から差し込む暑い日差しが、更にこの部屋の気温を上げている。
受験生は寝る間も惜しんで勉強をしなきゃ落ちる!と教師たちが脅かすものだから、学校の夏期講習が終わった後才加の家に行き3人で復習をしているのだ。
復習と行っても大半がたかみなのためなのだが。
「答え間違えた奴は罰ゲームでモノマネする事にせえへん?」
増田のくだらない提案にノリ気の才加と猛反対しているたかみな。
少し成績の悪い彼は自分が受ける確率の高い罰ゲームを阻止しようと必死だ。
「俺は自信がある!モノマネにも問題にも。」
「お前はヤギとヒツジのモノマネ禁止。」
「は!?なんでだよ!?」
「何回見させられたと思ってんねん!」
「いいよ、新作あるから。」
「なんやねん?」
「『霊感を感じた時の増田有人』」
「は?」
「なにそれ!見たい!」
勉強そっちのけでそのモノマネに爆笑しているたかみなと、「絶対似てへん!」と声を荒げている増田。
話題は二転三転と変わり、たかみなは顔を赤らめて自慢気に話し始めた。
「それでにゃんにゃんが肩叩いてきてさ、俺に耳打ちしようとするわけよ!」
「おー」
「なんか大事な話でもあったんか?」
「そう思うやん!?それでなんやろー?と思って聞いたら、小さい声で『お腹すいちゃった』って!!」
「うおおお!!」
「それアカン!やばい!めっちゃかわええ!」
「もうほんとなんなんだって思ったよね!なんでもない事を内緒話みたいにするところが!アカンやん!」
「すげぇなー、これが女子力ってやつか?見習わなきゃなー」
「いや、なんでお前が見習うねん!」
「なんかそのプロフェッショナルな感じというか…」
「なんやねん、それー。オカロー。」
「お前がその呼び方すんのはやめろ!」
騒ぎ出した3人のテンションは、勉学に励んでいた数十分前とは比べものにならないほど盛り上がっている。
暑さのため上半身裸になった才加の筋肉質な体に感化された増田は、腕相撲を申し込み、それから3人で相撲大会をすることになった。
テーブルの上に置いてある3人分のジュースは、すでに氷が溶けて味が薄くなっていると予想がつく。
それほど気温が暑いのか、それとも時間が流れたせいか。
窓の外はすでにオレンジ色で、夕暮れが近いことを物語っている。
そのことに気付かず馬鹿な事を続ける3人は、ドアがノックされた事により現実へと引き戻された。
「うわっ。」
扉を開けたサエは思わず驚きの声をあげてしまう。
上半身裸の才加がちょうどたかみなを持ち上げているところだったからだ。
騒ぎ出した3人のテンションは、勉学に励んでいた数十分前とは比べものにならないほど盛り上がっている。
暑さのため上半身裸になった才加の筋肉質な体に感化された増田は、腕相撲を申し込み、それから3人で相撲大会をすることになった。
テーブルの上に置いてある3人分のジュースは、すでに氷が溶けて味が薄くなっていると予想がつく。
それほど気温が暑いのか、それとも時間が流れたせいか。
窓の外はすでにオレンジ色で、夕暮れが近いことを物語っている。
そのことに気付かず馬鹿な事を続ける3人は、ドアがノックされた事により現実へと引き戻された。
「うわっ。」
扉を開けたサエは思わず驚きの声をあげてしまう。
上半身裸の才加がちょうどたかみなを持ち上げているところだったからだ。
「ぎゃあああ!ちょ!たすけっ!助けてぇえ!ジーザス!」
背の低い彼をまるで米俵を肩に担ぐようにしているその光景とたかみなの悲鳴を耳にした天使は「えええー!?」と自分の目を疑っている。
「あ、サエちゃんやん。」
「え?」
ようやく天使の姿に気付いた才加は、一度たかみなをベッドの上に降ろしてから扉の方へと視線を向けた。
「おー、帰ってきたのか。」
「オカロ、すごい!腕の力やばい!」
目を輝かせてはしゃぎながら彼に近づいた天使だったが、その鍛え上げられた上半身を見た瞬間、顔を真っ赤にして固まってしまった。
オドオドしている彼女を疑問に思いながら見つめていた才加は、ハッと何かに気付いたかのようにサエに耳打ちした。
「倉持に聞いてみたか?」
「あ…うん。」
「何かわかった?」
その問いかけに眉毛を下げたサエは、彼を見ながら首を横に振った。
無理やり作った笑みとその弱気な瞳はとても不自然だったが、それに気付かない才加は困ったように「そうか」と呟く。
「なんや、お前ら。いきなり顔近づけて内緒話とか…」
何かを疑うような視線で2人を凝視する増田のその言葉に天使は頭が真っ白になってしまう。
それから焦ったように彼に向かって声を荒げた。
「なっ!なんでもないっつの!ねっ、オカロ!」
「ん?うん。」
「ムキになるとこが怪しい。」
「ムキになんかなってねぇから!これは、えーとっ…と、とにかく何でもないって!」
誤魔化そうと必死になっているが全く誤魔化せていない。
むしろますます怪しく見えてしまう天使を落ち着かせた後、増田とたかみなは暗くなってきたからと帰り支度をし始める。
「じゃあまた明日なー」
玄関のドアを閉めて出て行った親友2人を見送った後、先ほどのサエの様子を思い出す才加。
何かに焦ったように増田に反論していたが、どうしてあんなに必死だったのだろう?
自分の訳のわからない症状を知られるのが嫌だったのだろうか?
彼らは彼女を人間だと思っているのだから、体調が悪いことを教えるくらいよさそうに思えるが。
しかし彼女にも彼女なりの考えがあるのだろう。
そう納得した才加はくるりと玄関に背を向けて階段を上り、もう一度自分の部屋へと戻るのだった。
***
暑い日々が続く。
聞こえてくる蝉の声を聞きながら、虫たちは疲れないのだろうか?とつい疑問に思ってしまう。
自分の席に座り教科書を用意していると、少し開けた窓の隙間から風が流れ込み、それが心地良くて顔を近づける。
ふぅ…と目を細めてその風を受けていると、後ろから聞こえてくる声。
「サエちゃん、おはよ!」
振り向くとニッコリと笑いながら挨拶をしてくる親友。
そんな智美に笑いかけながら返事を返す。
彼女はきっと気付いているだろう。
ここ数日、天使が無理やり笑顔を作り常に心ここに在らず状態だという事に。
智美が少し気を遣ったように微笑んだのを見て確信する。
ともーみは頭のいい子だからな…と心の片隅でぼんやり思った。
何をするにしても何処にいても、考えることは一つ。
あの時アスカに告げられた話。
何度も頭の中で繰り返し考えている。
才加への恋心を自覚してからというもの、以前より彼への想いが深くなった。
彼の事を考えるだけで心が浮き立つし、会話をするだけでしどろもどろになる。
そのため少し素っ気なくしてしまった時は罪悪感に苛まれた。
レンアイというのはこんなにも気分の浮き沈みが激しくて疲れるものなのか。
人間たちはよくこれに耐えているなぁと、少し感心しながら窓の外を眺める。
恋愛をした天使は…。
アスカの一言を思い出し、頭を振って正気に戻ろうと躍起になる。
これは自覚してはいけないもの。天使の心に恋愛なんて感情は異物でしかないのだ。
だけど。
彼の顔を見ると熱くなる胸。嬉しくて震える心。愛しさが溢れ出すあの感覚を思い出してしまう。
彼を想う気持ちが止められない。
ダメだとちゃんと頭ではわかっているのに自分を制御出来ず途方に暮れてしまう。
ほら、こうして講習が始まった今も彼のことで頭がいっぱいで何も手につかない。
本当に何してんだろ、自分。
サエは頭を抱えながら抑えきれない気持ちに困惑し、葛藤し続ける。
天使にとっての恋を悪魔に教えてもらい、心にしまい込もうと決心したその感情は何度蓋をしても溢れ出す。
そんな自分が情けなくて、バカみたいに彼が好きで、とても辛い。
休み時間になったため、気晴らしに廊下に出ようと席を立った。
最近は友人と会話をしていてもまったく頭に入らない。
そんなサエを気遣うかのような智美と、心配そうに見つめてくるアスカのその態度に感謝しつつ、それでもそんな気持ちにさせていることが申し訳なくなり落ち込んでしまう。
次の授業が始まるまで、廊下をトボトボと歩きながら窓の景色を見つめる。
今日も強い太陽の光が容赦無く地上に降り注ぐ。
中庭に咲いている小さなパンジーがその日差しに晒されているのを見て、水をあげなくて大丈夫かな?とぼんやり思う。
するとその時。
「サエ。」
声を聞いてドキリと胸が高鳴った。
振り返らなくてもわかる。会いたくて会いたくてどうしようもないその存在。
ゆっくり振り返り、背の高い彼の顔を見上げる。
才加は天使を呼んだはいいが少し気まずそうに目を合わせないでいる。
心に流れてくる彼の心情。
自分のことが心配で心配でしょうがないが少し照れくさいというのが伝わってくる。
そんな彼の不器用な優しさに押し潰されるくらい苦しくなる胸。
才加は「体調どう?」とサエに聞いてきた。
そんな彼の気持ちが嬉しくて苦しくて、涙が出そうになってしまう。
でもダメなんだ。恋をしたらダメ。
そう自分に言い聞かせながら俯き「大丈夫。」と感情を殺しながら答える。
ここ数日、彼に対してずっとこんな調子だ。
彼に悟られないようにこの想いをこっそり胸に隠している。
本当は楽しく会話したい。顔が見たい。彼が好きだと実感して喜びに浸りたい。
だけどそうすると止められなくなってしまうから。
どうにかしてこの気持ちを押し殺さなくては。
顔が見れずに下を向いたまま答えると、伝わってくる悲哀の感情。
違う、そんな思いをさせたいんじゃないのに。
自分と彼のすれ違いを痛いくらい実感してしまう天使は、この状況から逃げ出すように「授業始まるから!」と走り去ってしまう。
どうすればいいのかわからない。
愛おしいと感じるこの想いを抑えようと必死になればなるほど溢れかえってしまう。
声が聞きたい。そばにいたい。ずっと2人で笑い合っていたい。
だけど、天使は恋をしたら…。
警告音が頭の中で鳴り響く。
だけど止められない自分の気持ちに、サエは焦燥感に追い詰められる。
廊下に残された才加は、教室へと戻る彼女の後ろ姿を強い眼差しでジッと見つめたままその場に立ち尽くしていた。