昨日、ドイツフェスティバル満喫後、
フランス版ロミオとジュリエット東京千秋楽に行って参りました。
フランス一のロミオ役者(?)、ダミアンさまが来日しないと知ってから、テンションガタ落ち

だったため、まさかの千秋楽1回のみの観劇に…。
しかも、ベンヴォーリオ役だったシリルがロミオに格上げになったため、空いたベンヴォに入ったステファヌ・ネヴィル以外は、5年前に韓国に観に行った時と全く同じキャスト。
つまり、ダミアンが抜けた以外、全員来たってことか。。。
ダミアン~

そんなこんなで、残念ながら好みの役者が1人もいないのよ~な状態で拝見したわけで、返ってとても冷静に観られて良かったのかも。
ストーリーは日本版(宝塚版も含)みたいにごちゃごちゃとデコラティブな要素
(ジュリエットママとティボルトが不倫してる、とか、ジュリエットはママと愛人との間に出来た子である、とかそうゆうのね。)
が全く無い、シンプルなものなので、返って登場人物一人一人の人柄や心情が深く理解出来るように感じました。
全く、小池先生はあのメロドラマ的というか、もはやレディコミ的な話をどこから思いついちゃったんでしょう。
ほんとにやめてもらいたい。
さらに、

バルコニー

の日本語歌詞はシェイクスピアの焼き直しでとっても不自然ですが、フランス語ではそんなことなくってウィーン版とほぼ同じ内容っていうことも分かりましtた。
もう翻訳サボったとしか思えないのですけど。。。(すいません、あくまで私の個人的意見ですよー。)
えっと、つい話がそれましたが。
個々の役柄がはっきりして、特に

ティボルト

なんて、ティボルトの孤独がひしひし伝わってきて素晴らしかったのですが、
登場人物のほとんどが「自分は孤独で、悪いのは自分ではなくて世の中だ!」って主張しているので、だんだんうんざりしてきました。
もちょっと我が身を振り返って、反省してみた方がいいんじゃないのー?って言ってあげたい気分

なんだろう、お国柄なのかな?ウィーン版を聴いててもそんなに感じないんだけどな。
それから、ロミオもジュリエットも(特にジュリエットが)日本版ほどウブでなくて、年齢相応の恋愛的経験がありそうな雰囲気を出してて、自然でした。
バルコニーで、「明日まであなたが心変わりしなければ…」ってジュリエットが言うのも、ロミオの浮名を知っているからという感じで、納得。
そして何より、ヴェローナ公の存在感が素晴らしかった!
韓国で観た時は、スキンヘッドの怖いおっちゃんだとしか思わなかったのに、かっこよくさえ思えました。
一緒に観てた友人に「大公、かっこいいね!」って言ったら、「…、趣味悪っ!」って言われてしまいましたが…

大公はやはりあれぐらいの存在感がないとね。。。宝塚では若手にやらせすぎだと思うのね。エビラさんとかに演っていただきたかったくらいなのね。
どうも日本版へと話がそれがちですが。
アンサンブルの皆さんのキレのいいダンスも良かったです。
人数少ないのにあの迫力!
特に注目は、モンタギュー家のンドゥディさん。つい見ちゃう、キレが良くて美しいダンスでした。
さて、カーテンコールは、

祈り


20歳とは

←カーテンコール用の曲。いい曲だから日本でも使って欲しいなあ。宝塚でフィナーレとかに使えばいいのに。

世界の王


ヴェローナ

だったかな、多分。

ヴェローナ

では大公ノリノリで
「ミナサン、イッショニ!」
「モットオオキク!!」
って客席を煽る煽る。
歌詞も日本語を交えて歌ってて、うーんなんかこういう人知ってる気がするって良く考えたら…、マテだね。マテっぽいのだね、と気づきました

結局、この手の外人が好きなのか、kanocoよ。。。
そんなkanocoの思いも知らず、大公閣下は最後までご機嫌で
「オオサカニ、アイマショー!」
(↑ちょっと間違い。大阪で、会いましょう、だね)
とか叫んだ挙句、幕が閉まってるのにまだ何か言おうとして、ブチッとマイクを切られてました。
終演後のお見送り(?)も、千秋楽は主要キャスト全員が出てきてくれましたよ。
遠くからしか撮れなかったので画質悪いですが、シリルとジョイちゃんです。
帰り道。
友人(ドイツ語学習経験あり)と私は
「フランス語はなんだかうにょうにょしてるから、やっぱドイツ語のハキハキした感じの方がいいよねー。」
と話していたのですが。
しばらくしたら、近くにいたお姉さま方が
「あー、やっぱフランス語最高!響きが素晴らしいよねっ。」
という話をされてるのが聞こえてきたのでした。
うむ。そうか。人それぞれだなあ。。。
私にはやっぱり、ヒッ!とかハッ!とか言ってる(と母によく言われる)ドイツ語の方が性に合うようです。
ああ。早くマテに会いたいな。
マテのドイツ語はだいぶうにょうにょしてますけどね

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