例えば「バイリンガル」っていう言葉。
「バイリンガル」って言葉の意味を知らない人に対して、バイリンガルの意味、つまり言葉の定義を自分が教えてあげなきゃいけないとします。
相手「バイリンガルって何?」
僕「2ヵ国語ペラペラなことだよ」
相手「ふーん」
―もし相手がここで納得してなかったとします(ここでの「ふーん」はどういう意味なんでしょうね)―
相手「じゃあ“ぺらぺら”ってどうゆこと?」
僕「母国語だけでなく、母国語とと同じか、もしくは同じくらいに外国語も使えることだよ」
日本語(ここでは日本語を母国語とします)と同じ、ってことは話す、書くだけでなく、考えるってことですよね。
中国語(ここでは外国語を中国語とします)で話したり、書いたりすることはなんとかできます。が、この「考える」って段階は本当に難しい・・・。
ちょっと難しい話になりますが、このことは自身の外国語を潜在意識、言いかえるなら無意識のレベルにまで刷り込ませることになります。
簡単に例を出すなら、夕暮れ時にお腹が鳴ったとします。頭の中で「今日の夕飯どうしよっかなー・・・。」なんて“ふと”思ったりします。このことが日本語でなくて中国語で浮かんだら凄いですね。バイリンガルに一歩近づいたと言ってもいいんじゃないでしょうか?
結論を言うと、バイリンガルの基準項目に「外国語で無意識に物事を思考したり認識できること」ということを設けることができる。
ってなことがこの本に書いてありました。
新版日本語学の常識/数学教育研究会

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今度、この本を書かれた鈴木先生の勉強会に行くことになりました(ドキドキ・・・)