今夏の異常なまでの猛暑ですが、いろいろな場面で影響をだしていることが、メディアを通して連日のように報道されていますが、作物には多大な影響がされていることが実感させられます。
日没時間が早まっている夕刻になりますと、比較的涼しげな風が吹いてくれて、初秋らしき風情を感じられるようになったのですが、朝の陽射しが物凄く、かんかん照りのお天道様からは、容赦なく強い陽射しが差し込んでくれます。
毎日適度な散水をして、庭木の面倒を見ている心算でいたのですが、ここに来て、二種類の木が立ち枯れてしまいました。
毎日の散水時に、気に留めて丁寧な散水を心掛けていたのですが、残念ですが諦める時期が来たようで、大きく成長した金木犀とマキの二本と山椒が寂しく葉っぱを真っ赤にしてしましました。
突然の訪問者がピンポンを鳴らしてくれて、事務所から応答をしてみれば、面識がない植木屋さんが営業にみえていて、立ち枯れの二本の大木が目にでき気になってしまい、突然の営業に入り込んだとのことでした。
立ち枯れは縁起が好いんだよ、と植木屋さんの口から説明がされたのですが、病とか苦難を身変わってくれているのだから、ありがたく身に受けて、奉ってあげてくださいとのことでした。
初めての営業でやってきた植木屋さんが、枯れた木を眺めながら説明をしてくれ、話を聴きながらも、不思議なご縁を感じてしまったのでした。
只今の我が家は、まったくもって艱難辛苦の現状があり、加えて病みあがりの身でもあり、言われた真実の言葉に、はたと気づく現状に鳥肌がたつように身震いをしてしまいました。
我が家の抱えている艱難辛苦や病身の身代わりとして、二本の大木が立ち枯れしたとすれば、迷信やあて付けの伝言としても、ありがたくもある言葉を持ってきてくれたものです。
全く偶然の出会いのなかで、庭師との僅かな立ち話がされる中で、たまたま立ち枯れた木をめでたいと言ってくれて、此方が抱えている難儀を見透かしたように、言われてしまっては、ついつい本音が口から出てしまうようでした。
僅かな時間でも真上から差し込む太陽の光は強く、半袖の下腕がすっかり熱くなってしまい、ほどほどの切り上げを考えていたのですが、こうまでも立ち枯れが残念な現況から、そうでない良い事に繋がると言ってくれたことが嬉しくて、偶然の出会いと断言が不思議な空間を経験させてくれました。
植木屋さんとの仕事の依頼はしませんでしたが、妙に不思議な植木屋さんに興味があって、今後の機縁が楽しみになっています。
思えば今日から9月に入っていて、心機一転の心境がありますので、幸先よく何かのご縁を戴き、ついている、ついていると、出会いと機縁の不思議さを思いながら、秋の気配がないことも複雑に思っていました。
それにしても、ご近所をみまわしても、立ち枯れがあるお宅はなくて、ましてや散水作業をしていることが目に出来ないのですから、我が家が毎日散水をしていながら、立ち枯れがあることの原因が良く分かりません。
どんなことでも不思議なご縁があるもので、あくまでも計算をしてとか、請願ってとかでない、摩訶不思議な空間を善きものと受け止めることが、大変に大事な役回りをしていることが、やっぱり嬉しいことなのでした。