なにごとも貴方任せとは言いたくはないのですが、初老を迎える今までに善いことや悪いことが禍福の織り成すように経験されてきておりますが、一日の間安堵もなく命の限りまで繰り返される、縄の織りを感じるようになっています。
特段の才能や技量がある訳でもなく、誇れる専門職能を持っている訳でもなく、秀でた指導力を発揮させられることもなく、極々凡人の生き様を淡々としているところです。
特段裕福に日々を過ごせる余裕がありませんが、日常の生活が安泰としてできることを、心から喜び感謝をしているところでもあります。
お盆の三日間行事を恙無く果たせることや、長兄従兄弟の新盆の役割も果たすことができ、ほっと安堵を体感しているのですが、心配症が身に染み付いてしまっているようで、物事の予定や日程が不安になっています。
古い先祖の皆さんの御霊や、今年若くして天に召された従兄弟の霊も、古式な仕来たりを大事に守り継ぎ、御祀りすることができ、こころから安堵をしてしまいました。
貧乏性で取り越し苦労が身についているのでしょうが、精神的に気が滅入り不安な度合いが増幅してしまい、もっともっと泰然自若の大きな器を備えてみたいものですし、艱難辛苦の数々を、なんとしても、無事に乗り切っていかなければならないと思っています。
大なり小なりの辛苦を体験してから、何年かの月日が流れているのですが、そろそろ気を安らかに平穏な生活をしたいものですし、何よりも心配をして苦労を掛けてしまっている家族にも、心からの安心をしてもらいたいものです。
比較的安穏として生活ができていたことから、崖を転がり落ちるように躓いてしまい、奈落の底に落ち込んでしまったのですが、そんな最悪な状況でもなんとかかんとか、世の中の厚情と人様の温情に助けられて、表面上の生活が変わりなくできていますことが嬉しいのです。
いろいろな体験をしたりさせられたり、苦悩が大きい分、その艱難を乗り越えた時の感激が大きいのでしょうから、一日も早くに感激をもって味わうべきだと信じています。
家族や身の周りの人々が居てくれるから、」こんなにも幸福に日々の暮らしをできているのであって、普遍的に身に備わっている人徳を、もっとも大切にしていきたいものです。
自然法爾、好きな言葉の一つですが、身の回りのことが極々自然に執り行われて、与えられた世の中の力量の器に生かされていくことを、何度も確認させてもらい慈悲慈愛を享受させてもらいたいのです。
正邪善悪を自ら判断できる自分で居るために、早くに余裕をもって家族を安心させられる基盤を構築させますし、天恵の思し召しを本気で期待して、ひたすら真面目な人生を歩んでいく事に専念をしたいものです。
お盆で迎えた先祖のお陰を新たに感謝をして、自分の持つ責任を確認して人徳を頂きながら、恵まれた人生に感謝と喜びを味わっています。