日々適当な生き方をしている人ですから、強い信念を持っていますかと問われれば、時々の考え方がぶれてしまい、確りした自分の普遍の考え方が、上手く述べられないもどかしさがあります。
考え方の軸が一寸の狂いなく、オウムの繰り返しのようにできれば、確かに認めてもらえる確信ができますが、人とは日々の生活から得る情報で、大きく思考が変化して、試行錯誤の繰り返しがされています。
その度に奥深く思考の結果がされて、刻々成長できている自分の姿を認識して、悩みの振幅が大きい分人間の幅も大きく成長してくれる気がしています。
いくら深く勉強をしても、いくら沢山の実体験をしても、その時々の思い込みがあったり、全く同じ事を咀嚼するにも、時々の生きている環境によって、解釈する価値が違ってくることを、何度も何度も繰り返して体験をしているところです。
考えれば考えるほどに、絶対的な完璧な模範解答が無いと言う事実を知らされるのですが、加齢が積まれ経験が豊かになってきても、こうした現状と立ち向かうことが多くあり、自分の信念が大きく揺れていることが理解できます。
これこそが最善な模範なのだと、幾分理解者のような、割り切った考え方が出来ていた時に、親炙する先達から言われたアドバイスの一言があるのですが、もっと幅広く解釈をして偏った考え方で決め付けないようにと、実に適切なありがたい示唆を頂きました。
時々に変容するものごとの考え方があってこそ、それを寛容しあえる強い友愛を認識することができるのですが、相手の方の考え方を、確りと受け止める裁量がほしいところです。
受け止める軸がずれることよりも、軸を移動させられる自分の器量も大切ですし、一歩でも二歩でも譲ることができる、ゆとりの価値を評価できるようになりたいものです。
考えてみれば、この世の中で絶対普遍の真理はないのですから、如何に対処をすることができるか、もっと貴重な自由度が至宝になってくるようで、人の器の大きさと深さを認識させられてしまいました。
これからは頭ごなしに決め付ける手法ではなく、皆さんと共に情報を分かち合うことで、共に前向きに語り合いできる、心のゆとりを認め合いたいものです。
こうして軌道修正をして頂ける、先達からの天声を耳にできる幸せを享受して、あくまでも自在変幻な対応ができることが、自分自身への慰めとして、今後の成長できる幅として、嬉しい時空となっています。
あくまでも朝令暮改がすべてではありませんが、固定観念を持ち続けるのではなく、臨機応変な是々非々の極意を学んでいき、いつでも軸足が機敏に動ける駒の軸のように、切磋琢磨を繰り返していきたいものです。
当然に信ずる念じをもちながら、理する念じを観の念とさせていきたいものですし、君子豹変できる心のゆとりを喜び合いたいものです。
今の年齢に関係なく、つねに自由自在な臨機応変を意識して、物の見事に精神的な若さを発揮させてみたいし、楽しい意見交流ができることに、心の安堵をしたいものです。
右から左へ、左から右への幅広いバランス感覚をもって、是非是非元気に朗らかに移動を楽しんで、みんなの為になれる行動を誇りにしたいものです。