事務所や家庭では時間がありますから、読書をする気であればそれなりの効果をだせるのですが、まったく不思議な事に、なかなか読書の時間がとれなくて、買ったままの積読状態の本が多くあります。

いつも持ち歩くカバンの中のにも数冊常備していますが、決まったように本を目にできる時間がなくて、いつも入れたままにしておく日々なのです。

上京の折には、電車内が最高の読書の場として有効に活用しているのですが、今の時期は座席に暖房が効いていていた昔の電車が懐かしく、エアコンで暖房がされている今でも最高の書斎になってくれています。

昨日は一日中病院に行って検査を受けていたのですが、空き時間には必ず携帯した本を開いて目にすることができ、検査と検査の僅かな時間でも、効率的に目を通すことができ集中の空間が構築できました。

僅かな時間でも有効的に活用することができるのは、直接関係する責任をもつことがなく、自分だけの時間が取れることから、比較的集中がし易く、どっぷりと深い瞑想をもって読書を楽しむことができます。

病院内の静寂な環境も心地よく、適度な人の声やざわつきもあって、意外にも読書の最適場所かもしれませんし、お勧めの読書コーナーだと勝手に思うのですが、殆どの方はご縁が薄い検査室です。

読書だけに専念ができる環境ができれば、場所は別にしてどこでも同じような効果をだせるのでしょうが、日常の生活になかでは読書だけに没頭できる環境はなく、家族の寝静まった居間では、いつもパソコンのキーボードばかりに専念してしまいます。

本来は資料を作成しなければならない仕事があるのですが、たちまちウエブサイトに遊びに行ってしまい、やたらに集中できない悪い性格を発揮させています。

もっと効率よく、サクサクと気持ちよく頭脳を回転させてみたいのですが、意識を高めても年齢を重ねてみても、思い返せば若い学生時代と同じことを繰り替えしているのです。

三つ子の魂百までとは、昔の人は的確な言葉で表現し人の評価をしてくれましたが、ひょっとすると、苦言を供された人自体が集中力に欠けた人で、自身の反省と啓蒙のために提言がされたのでしょうか。

今では諦めの境地をもっていますし、のんびり型が得意と割り切っているのですが、資料を作成する参考書の読破だけは進捗を進めたいし、反省と責任を感じているところです。

毎日家族が寝静まった時間になると一心になれる時間ができて、読書もパソコンも夢中になって没頭することができるのですが、健康を思い遣ってできるだけ徹夜は止める事にしています。

それでも深夜に独りになって孤独な作業が身についていて、なんの苦も感じることなく延々と没頭できる時間は最高に至福ですが、さすがに朝まで徹夜を通すわけにもいかなく、この素晴らしい作業環境を昼間の時間帯に作りたいものです。

やる気一つあれば、どんな時にもどんな所でも一心不乱の精神統一ができるのですから、やはり劣る自身の精神を無心にさせる心掛けが課題のようです。



Last updated 2010.03.12 22:07:41
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