慣れ親しむほどの必要がなくとも、接することを何度か経験することで、自分なりの納得ができて安心感を覚えることがあります。
経験することなくまっさらな状態ですと、心配や不安が先立ってしまい気苦労が耐えなくなるのですが、経験を積んで情況が把握できたことの安心感と余裕は、自身の感情を変えてしまうことがあります。
昨年の今ごろは丁度退院をしたばかりで、毎日寒いなかで不安な日々を過ごしていたことを思い出すのですが、入院した病院が特殊な救急医療センターとあって、退院した後には掛かりつけの医院に戻してくれる仕組みなのです。
半年振りであったのですが、医療センターに到着して感じたことは、ひっきりなしに来院する患者さんがいらして、待合室の席は既に超満員の様子になっていました。
病院の性格上なのでしょうが、比較的後遺症をもった方が多くいらして、その殆どが老人の年齢に達している方々で、付き添いの方が多くいらっしゃることも影響して、混雑度が増していたのでした。
観るからに痛々しい病み上がりの方や、まだ完全に体調が快復されていない方もいて、それぞれが不安な顔をさせているのですが、寡黙の中で心から完治に向けての不安一掃を、無心で願っているのだと推察をしてしまいます。
待合室で呼ばれる順番を待っている方が不安げな顔のまま、患部を労わったりリハビリをしている様子に接して、病の重さと回復具合が伝わってくるのですが、肢体に後遺症を患った方の痛々しさが強く受け止めることになりました。
待合の部屋の中では、平穏に読書ができる喜びを享受できている事に、深い感謝をしていたのですが、お陰さまで去年に退院したばかりのころは検査内容が分からなくて、待合の部屋では無言でじっと不安な心境で待っていたものです。
連続して色々な検査の部屋を案内されて、看護師さんに呼ばれる度に次の検査の場所を目指して移動する時間は、病がどれほど完治しているのか、余病があるのか、限りない不安が募ってくるものです。
退院をして一年間に経験した病後の検査内容が把握されて、体調も比較的安定している現状が、自身の精神的な安定感をもつことができて、余裕を持ちながら待合室で待機できています。
診察をして頂く先生方も一巡をしてくれて、一年間で大きな親近感も湧いてきて、診察情況が親しくなったことが、気を楽にして名前を呼ばれることを待てるのでした。
お互いの体調や容態を気にしながら待つ時間は、ご家族の心配を偏に受け止めてしまい、患者さんの殆どが寡黙になって、まるで母親の慈愛を一心に受けている赤子のようですが、ご家族の絆の大きさを感じられるのでした。
患者さん同士がお互いの病気を労わり合いながら、付き添いの方同士の同情や思い遣りの会話が賑やかになって、お互いに激励をし合っている様子は、人として相互扶助の安心感が伝わってきます。
純粋に心の中から思い遣りが沸き起こる慈愛や慈悲は、病を患った患者さんと言う弱者に対して、人の情けや痛みを分かち合って、分かり合う優しさを発揮させてみたいものです。
経験することなくまっさらな状態ですと、心配や不安が先立ってしまい気苦労が耐えなくなるのですが、経験を積んで情況が把握できたことの安心感と余裕は、自身の感情を変えてしまうことがあります。
昨年の今ごろは丁度退院をしたばかりで、毎日寒いなかで不安な日々を過ごしていたことを思い出すのですが、入院した病院が特殊な救急医療センターとあって、退院した後には掛かりつけの医院に戻してくれる仕組みなのです。
半年振りであったのですが、医療センターに到着して感じたことは、ひっきりなしに来院する患者さんがいらして、待合室の席は既に超満員の様子になっていました。
病院の性格上なのでしょうが、比較的後遺症をもった方が多くいらして、その殆どが老人の年齢に達している方々で、付き添いの方が多くいらっしゃることも影響して、混雑度が増していたのでした。
観るからに痛々しい病み上がりの方や、まだ完全に体調が快復されていない方もいて、それぞれが不安な顔をさせているのですが、寡黙の中で心から完治に向けての不安一掃を、無心で願っているのだと推察をしてしまいます。
待合室で呼ばれる順番を待っている方が不安げな顔のまま、患部を労わったりリハビリをしている様子に接して、病の重さと回復具合が伝わってくるのですが、肢体に後遺症を患った方の痛々しさが強く受け止めることになりました。
待合の部屋の中では、平穏に読書ができる喜びを享受できている事に、深い感謝をしていたのですが、お陰さまで去年に退院したばかりのころは検査内容が分からなくて、待合の部屋では無言でじっと不安な心境で待っていたものです。
連続して色々な検査の部屋を案内されて、看護師さんに呼ばれる度に次の検査の場所を目指して移動する時間は、病がどれほど完治しているのか、余病があるのか、限りない不安が募ってくるものです。
退院をして一年間に経験した病後の検査内容が把握されて、体調も比較的安定している現状が、自身の精神的な安定感をもつことができて、余裕を持ちながら待合室で待機できています。
診察をして頂く先生方も一巡をしてくれて、一年間で大きな親近感も湧いてきて、診察情況が親しくなったことが、気を楽にして名前を呼ばれることを待てるのでした。
お互いの体調や容態を気にしながら待つ時間は、ご家族の心配を偏に受け止めてしまい、患者さんの殆どが寡黙になって、まるで母親の慈愛を一心に受けている赤子のようですが、ご家族の絆の大きさを感じられるのでした。
患者さん同士がお互いの病気を労わり合いながら、付き添いの方同士の同情や思い遣りの会話が賑やかになって、お互いに激励をし合っている様子は、人として相互扶助の安心感が伝わってきます。
純粋に心の中から思い遣りが沸き起こる慈愛や慈悲は、病を患った患者さんと言う弱者に対して、人の情けや痛みを分かち合って、分かり合う優しさを発揮させてみたいものです。