急に思い立ったように昔のことを確認したくなるもので、思い立ったようにして時間を超越した、思い出の場面を観る事に没頭することがあるものです。
今から3年前に参加した行事の際に、仲間との討論会があったのですが、その模様がDVDに録画に残されていて、記録された当時には何回もパソコンで観たりテレビに映して学ぶことがありました。
仲間の発表時は冷静になって見入ることができ、多くの勉強ができているのですが、自分の発表時になると全く落ち着くことなく、自分の目を合わせることができないのですから実に情けなくなってしまいます。
自分が出る発表場面の姿に直視できない恥ずかしさがあって、どうしても自分の画面からは目線がずれてしまうことを覚えてしまうのですが、発表内容に自信がないことが大きな原因があることを理解していますが、それ以上に羞恥心があるからだと思ってしまっています。
自身の過去の言動が時間を超越して感じ入ることは、時間経過による大きな反省もあるのですが、それ以上に反省させられることは素の自分の本論が話されているのか、自弁をしっかりと話しているかが気になってしまい、詭弁があることを推察して少々恥ずかしい思いをしているのかもしれません。
それにしても、自己発表を再現した動画を観ることは、日常に感じられない内心の中にある素性が表現されていることを垣間見ることが、とても不思議でありながら感じ知らない自分の素顔を知る驚きを感じてしまいます。
発声している言葉の裏側にある内面は、どんな思いや考えをもって言葉にしているのかが窺がえて、当事の心境を思いだしながら何度も何度も繰り返して見直してしまいました。
自身の発言場面もそうですが、仲間が発言する場面が一層余裕をもった環境を把握することができて、仲間の発言内容を引き受けて、次の発言をするための心の準備と仲間の発言を考慮している様子があり、なかなか面白く受け止めることができました。
仲間からの素晴らしい発言に、どきどきしている時の様子があって、自分の不安げな情けない顔も改めて観る興味があって、次の発言をどのようにしたら良いのか、視線も定まらない苦慮の顔つきが、3年経ってもひやひやしながら鑑賞をしたほどでした。
的確に適度の速さで話しかける仲間の話術に、すっかり魅了されてしまったのですが、確信をもって硬い信念をもって話しをできる人への羨望は深く、どのようにすれば一歩でも上手く真似をすることができるのかと、改めて学ぶ気持ちを思い起こしているところです。
限られた時間の中で自身の考え方をしっかりと伝達させる話術とは、人が持つ先天的な才能が必要に思うのですが、個性ある話術ということはなくて、無心で自分の言葉を使って話しをすることが最善であることを確認したしだいです。
訥々とした話しぶりでも本心を伝える事に専念をすれば、人の持つ言霊は人の心の中に浸透していくものだと信じて、頭脳を働かすことよりも心を込めて念ずるように話しをすることが肝要であるのでしょう。
話しの間を上手く利用した人間性豊かな意見発表ができ、余裕のあるジョークも話術にできる自己能力を磨いてみたいものですし、何よりも冷静になれる魂胆を養い、同席している仲間の発言を上手く活用して、自己表現できる能力を高めてみたいものです。
何度か同じ場面のDVDを観る事になるのですが、あまりマンネリ的な惰性になっても意味が無く、羞恥心を感じながらも、自分の発言を反省しながらも自信をもつことを心掛けていくことが、最優先されるべき学びの姿勢なのかもしれません。
今から3年前に参加した行事の際に、仲間との討論会があったのですが、その模様がDVDに録画に残されていて、記録された当時には何回もパソコンで観たりテレビに映して学ぶことがありました。
仲間の発表時は冷静になって見入ることができ、多くの勉強ができているのですが、自分の発表時になると全く落ち着くことなく、自分の目を合わせることができないのですから実に情けなくなってしまいます。
自分が出る発表場面の姿に直視できない恥ずかしさがあって、どうしても自分の画面からは目線がずれてしまうことを覚えてしまうのですが、発表内容に自信がないことが大きな原因があることを理解していますが、それ以上に羞恥心があるからだと思ってしまっています。
自身の過去の言動が時間を超越して感じ入ることは、時間経過による大きな反省もあるのですが、それ以上に反省させられることは素の自分の本論が話されているのか、自弁をしっかりと話しているかが気になってしまい、詭弁があることを推察して少々恥ずかしい思いをしているのかもしれません。
それにしても、自己発表を再現した動画を観ることは、日常に感じられない内心の中にある素性が表現されていることを垣間見ることが、とても不思議でありながら感じ知らない自分の素顔を知る驚きを感じてしまいます。
発声している言葉の裏側にある内面は、どんな思いや考えをもって言葉にしているのかが窺がえて、当事の心境を思いだしながら何度も何度も繰り返して見直してしまいました。
自身の発言場面もそうですが、仲間が発言する場面が一層余裕をもった環境を把握することができて、仲間の発言内容を引き受けて、次の発言をするための心の準備と仲間の発言を考慮している様子があり、なかなか面白く受け止めることができました。
仲間からの素晴らしい発言に、どきどきしている時の様子があって、自分の不安げな情けない顔も改めて観る興味があって、次の発言をどのようにしたら良いのか、視線も定まらない苦慮の顔つきが、3年経ってもひやひやしながら鑑賞をしたほどでした。
的確に適度の速さで話しかける仲間の話術に、すっかり魅了されてしまったのですが、確信をもって硬い信念をもって話しをできる人への羨望は深く、どのようにすれば一歩でも上手く真似をすることができるのかと、改めて学ぶ気持ちを思い起こしているところです。
限られた時間の中で自身の考え方をしっかりと伝達させる話術とは、人が持つ先天的な才能が必要に思うのですが、個性ある話術ということはなくて、無心で自分の言葉を使って話しをすることが最善であることを確認したしだいです。
訥々とした話しぶりでも本心を伝える事に専念をすれば、人の持つ言霊は人の心の中に浸透していくものだと信じて、頭脳を働かすことよりも心を込めて念ずるように話しをすることが肝要であるのでしょう。
話しの間を上手く利用した人間性豊かな意見発表ができ、余裕のあるジョークも話術にできる自己能力を磨いてみたいものですし、何よりも冷静になれる魂胆を養い、同席している仲間の発言を上手く活用して、自己表現できる能力を高めてみたいものです。
何度か同じ場面のDVDを観る事になるのですが、あまりマンネリ的な惰性になっても意味が無く、羞恥心を感じながらも、自分の発言を反省しながらも自信をもつことを心掛けていくことが、最優先されるべき学びの姿勢なのかもしれません。