午後に用事を済ませて、JR駅から事務所に向かうときに気付いたことがあるのですが、意外にも太陽の位置が高く光度が増してきていることに気付き、西陽が背中から差し込んで自分の姿が道路に短く陰る模様を観察できました。

事務所に向かう道すがら、ずっと追いかけて来る自分の陰と一緒に歩いてきたのですが、まるで同行二人の弘法大師と同じ気分になってしまい、歩行に一緒する自分の影を意識しながら、なにやら心の語りあいをすることができました。

すっかり陽も長くなってきて夕刻5時になっても明るい日差しがあるのですが、やっぱり春の息吹が待ち遠しくなってしまい、後一歩で爛漫を満喫することができそうで楽しみです。

昨年に入院したころは2月の中旬でしたが、外気が暖かくて身動きできない身体を労わって、看護師さんがガラス窓を全開放してくれたほど温暖な日がありました。

入院していた身とすると、如何に外気と触れ合うことが気分良く嬉しくて、部屋の窓から観える中庭の木々が愛おしく、素直に躍動感を感じとっていました。

そんな思い出をたどってみれば、節分を迎えてあと一ヶ月の寒さを我慢すれば、梅の花が咲くのと同じくして、日一日と三寒四温が強まってくれることを期待してしまいます。

15年ほど前になりますが韓国の釜山に用事があって、毎月のように渡航をしていたときがありましたが、真冬に行って比較的温暖な街の中で過ごした生活から、帰国した寒さがやけに厳しく感じられたことがありました。

まさしく三寒四温の廻る時期が数日早くして、渡航して帰国すると釜山のお天気が遅れてやってくるのですが、毎月の天気模様が定期的に変化する様子は、自然界の決まりごとの不思議さを体験することができました。

比較的近距離である隣国のお天気模様は、離陸から日本海を渡って日本列島を横断する飛行ルートが、まさしく中国大陸から吹く季節の偏西風の流れそのままのルートになっています。

西からの帰国時に体感する飛行時間の短さは、いかに高度での偏西風の強さが原因になっているかが理解でき、風の流れに乗っかって30分も速く到着してしまえる、自然の力が恐ろしく思えてしまいました。

移動する飛行機の中から窺がえる雲海や太陽との遭遇が、大型ジャンボの機体をもちっぽけな虫けらのように錯覚して、大宇宙の偉大さを少しばかり理解する場になります。

機内から望める日の出や日没はいかにも幻想的で、日常の生活意識を払拭させてくれる場面であるのですが、あまりにも鮮やかな時空に接して感動とともに、自然界の神仏に心からの祈願をしてしまいます。

その天空から降りた下界でも感じることは、遥か宇宙から差し込んでくれる燦燦とした太陽の陽射しを神々しく受け止めて、その満々としたエネルギーを享受できる感激を大切にしたくなるのです。

いつも心の中に明るく力強い太陽をもって
、そのエネルギーをもって人様にも分け与えていける豊かさを心がけ、太陽との同行二人を心身常道としていきたいものです。