365日の出来事は雑学の宝庫になっているように思いますし、事実多様性満点の様々な情報に接することができることは、その数だけ多面的に人に逢い、活字をみて、その知識に触れられる機会があります。

日常の外出時に接することや、室内で接するテレビや新聞等のメディアから発せられる、画面や音の情報は物凄い圧倒的な量がありますが、そっけなく気を遣うことが無ければ、それなりの価値を吸収できることになります。

街を歩きながら、電車内の会話と広告等からの情報は、馬鹿にならない貴重な資料があって、耳学問や眼学問として結構貴重な情報が提供されてきます。

JRで移動するときにたまたま空いていた席に座ったのですが、海外旅行の帰路で成田空港からの乗車が直ぐにわかる、大きな旅行カバンを座席の前に置いて、仲間の方らしい方との話しが聴こえてきました。

旅慣れている様子で、服装も仕草もリラックスしていて、第一持ち物が傷だらけの使い古した様子が、すっかり旅慣れていることを証明してくれています。

聴こえてくる会話も気負いがなく、極自然な体験記を話されていて、訊くほうも抵抗無く耳に入れることができ、同年輩の品性ある会話に関心を持ってしまいました。

成田空港からの快速電車を利用すると、時間帯にもよりますが、往復とも旅行者の姿が結構あって、ほとんどの利用者が始発乗車で座っていられる形が多く、自身の座席の前には大きなカバンがふさがっているのです。

楽しそうな旅先の話しもありますが、中国からの帰路らしき会話は、天皇陛下と来日中の週副主席の会見報道が妥当なのかと、静かな語り合いをしていまして、おそらくは帰国して報道を観ての会話になっていそうでした。

平成天皇のお人柄からして、国家や地位で偏見をもった判断はされないことを知って居ればこそ、政治家が政府や党の要人だと威厳をもって権力をちらつかせ、利己や自党の目的達成に暴言で威圧している姿が問題であり、政治家の民主的でない身勝手な発言が気になるとの会話内容でした。

電車内の雑然とした人ごみの会話の中でも、世相を的確に表現してくれている会話があって、自身の評価とあわせて、生きた民意を参考にすることができる環境となりました。

仲間内の会話ではどうしてもその人の人柄や、お付き合いの度合いのバックボーンを加味してしまい、インパクトが薄くなってしまいますが、電車内では世間の生の声を聴くことができ、落ち着いて静かな判断ができることも嬉しいものです。

学生が元気いっぱいに礼儀を欠いての会話をする中で、淡々と身のある会話をされている方々の姿が神々しく見えてしまい、なんだか喧騒の中の泉のようにも思えてしまいました。

書籍や雑誌もそうなのですが、期待感をもって買い求めた中身が不本意であって、時々がっかりすることが多いのですが、何気に手にする書物からは素敵な至言格言を享受できた時には、何事にも変えがたい喜びが沸き起こるものです。

世間の新鮮で生きた情報の伝播とは、まさしく箴言との接点であって、さりげなく金言を手に入れる機会の空気を、しっかりと感じ取れる感覚を、新鮮な観察力にさせることが大切になってきます。

いたるところで接する情報の洪水から
、磨けば輝く言葉や文字を取捨選択する技量を身につける、よき勉強の場にするためにも、眼と耳を有益に働かすようにしたいものです。