台風一過とはいかなかった昨日ですが、今日になって漸く長閑な秋を満喫させてくれていますが、各地で被災を受けられた方々にはお気の毒で、心からのお見舞いを申し上げます。

昨夕にはきつい仕事の打ち合わせを終えて、暫しナーバスになっていた時に、不意の電話を受けてから、子供のときに感じた純粋なウキウキ感をもって、話をしている自分に気がつきました。

初夏に新宿であった致知社の講演会で初めてお会いできた方ですが、日々社風で洗練されるのか、とっても礼儀正しく気さくにご挨拶をさせて頂きました。

致知社のブログを担当されていて、たまたま拙文を投稿した時にブログで紹介をして頂き、私のブログにコメントを投稿される、交流の機会を作ってくれたりしています。

お若い才媛Yさんは、物凄く仕事に熱心である様子が伝わってきて、メールでの文章構成のメリハリを伺うかぎり、容姿や言葉からは伝わらない、確りと芯の強さがある方と推測しています。

そんな美貌ある素敵なYさんからの電話ですから、年甲斐もなく心を弾ませてしまい、久し振りのご挨拶をしていると、以前に書いて忘れてしまっていた文章を、致知誌12月号に掲載をしたいとのご案内がされました。

電話での応対の中で、どのような内容の文章であったかを問いかけしましたら、心筋梗塞を患った時の様子を綿々と書き込んだ体験文であるらしく、稚拙な内容を恥ずかしくもおもうのですが、折角のお誘いをうけては、嬉しさ喜びが先になってしまいました。

心よく快諾をしたものの、時間経過とともに嬉しさ反面恥ずかしい気持ちが湧き上がってきて、年甲斐も無く少々不安な思いをしているところです。

高尚な方々が好いて読まれる立派な月刊致知誌に、自分の拙文が掲載される喜びは、ある種の興奮を感じることができて、気の高ぶりが心地よく上機嫌とさせて、自身を鼓舞させる時間を楽しむことができました。

仕事の折衝で少々滅入っていた気分が、爽やかな春の風を胸いっぱい受けられた感じで、気が高ぶった気分で、少々は怖いもの無い剛毅を味わうことが出来ましたが、一夜を空けてみれば、厳しい現状を乗り切る手段さえも間々ならないのです。

今日のお天気のように、晴天から曇天に急変して雨が降りそそぐ不安定な秋空と同じに、女々しい男心は魅力がなく、真夏の快晴の力強さを自身で構築させなければなりません。

才媛Yさんの電話の時のように、いつ何時にでも素晴らしい天声が聞えてくるかもしれなく、その可能性がある限り、貪欲に黙々と生きていくことが、世の仲間として生きる役目ではないかと信念を強くします。

年齢的にも、アドレナリンが分泌する機会が少ない日常ですので、Yさんとの交流とかブログを通してのコメント交換が、老いてますます若返ってしまっては、ますます高齢化社会に貢献することになって気が引ける思いです。

できることなら、これからの仕事の中でこそ、アドレナリンを良薬として適度な気の昂りにさせるためにも、一生懸命に生業を励むことで、人生の恍惚感を味わってみたい
ものです。

生業からは、自分が楽しみ取引先が喜んで、結果が世の中の幸いに貢献できたとしたら、生きる張り合いが益々充実して、日々気が若々しくなってくれることを念じたいものです。