台風一過の爽やかさは明日になるのでしょうか、台風18号が関東地方通過時には雨よりも風が強くて、風雨災害の心配をしていたのですが、さしたる被害も受けることなく、ホッとしたところです。
各地で大きな災害をもたらしている様子が報道されていますが、これから進路にあたる東北地方の方々の安全を念じているところです。
間が悪く天災にあわれて被害をうけた方々には、心からのお見舞いを申し上げますが、是非是非ここは心を剛毅にして、一日も早く復興をして欲しいものと念じます。
吹き戻しの風が強い中、明日にある難しい商談を控えて、一日中事務所の中に引きこもって善後策をねるために、試行錯誤をしていたのですが、気分転換に本棚にある月刊誌致知の9月号を眺めることにしました。
致知誌の全てを読みきってはおりませんので、再読のはずであった記事の文章ですが、明けるページが新鮮に読めてしまい、しばしの間すっかり読みふけってしまいました。
致知誌の毎月号からは、この世の中で活躍をされている人々や、歴史上に名声を残されている成功者の方々からは、実に勇気と元気がわいてくる素晴らしい言葉を、数多く伝授してくれることが嬉しく思っています。
再読のなかにあった文章の一つですが、「私を導き、育んでくれたもの」を書いている越智直正さんの談話を書いた言葉を復習してみました。
越智さんは靴下問屋の丁稚奉公から苦労をして、一代で靴下専業企業として成功をさせて、業界の優良企業として築き上てこられた方です。
仕事で窮地に陥った時に救いを求めたのは、必ず古典の書物を読み漁って、その叡智から学び取った言葉が助けの手を差し伸べてくれたそうです。
今日ある成功者の姿とは、古典書から学び取った先人の教えだそうで、古典とは人生の応援歌であると解説をしています。
13年間に及ぶ丁稚奉公は、職場の大将からうける過酷さは、歯を食いしばり足を踏ん張るほどであったそうですが、この厳しい体験があったからこそ、今の成功に結びついていることを断言していました。
それでも過酷で厳しかった大将に対して、恨むことは無く最後まで忠実に礼儀を尽くしたことは、今の時代では考えられない恩人への忠誠心があったのです。
独立をしてからは、時の経営の神様と尊ばれた松下幸之助さんに親炙していくのですが、幸之助さんの評価を愚鈍であると語り、ごくごく普通の言葉を当たり前に愚直に一徹されていた人だと語っています。
幸之助さんの経営手法は、一生懸命にコツコツ遣り抜くことだそうで、天命に従って無我夢中の生き方こそ自身の明徳も明らかになってくる心掛けを学び取っています。
無我夢中の生き方を貫くことから、人生の醍醐味を味わっていけることこそ、人を植える道であり、真の幸せを手に入れる唯一の道であると結んでいるのです。
幸之助翁をも並みのアホでなく、天地がひっくり返るほどのアホだと決め付ける姿勢とは、そこまでも愚直な素直さを貫く人を目指すことが、人生の意義の大きさを改めて教えてもらうことができました。
読んだ心算でいるだけでは、決して心の中にも言葉が入り込んでくれること無く、何度も機会をつくって再読を繰り返してこそ価値がある
ものですし、意義ある言葉が凝縮している致知誌を師としてカバンに入れ込んでいます。
各地で大きな災害をもたらしている様子が報道されていますが、これから進路にあたる東北地方の方々の安全を念じているところです。
間が悪く天災にあわれて被害をうけた方々には、心からのお見舞いを申し上げますが、是非是非ここは心を剛毅にして、一日も早く復興をして欲しいものと念じます。
吹き戻しの風が強い中、明日にある難しい商談を控えて、一日中事務所の中に引きこもって善後策をねるために、試行錯誤をしていたのですが、気分転換に本棚にある月刊誌致知の9月号を眺めることにしました。
致知誌の全てを読みきってはおりませんので、再読のはずであった記事の文章ですが、明けるページが新鮮に読めてしまい、しばしの間すっかり読みふけってしまいました。
致知誌の毎月号からは、この世の中で活躍をされている人々や、歴史上に名声を残されている成功者の方々からは、実に勇気と元気がわいてくる素晴らしい言葉を、数多く伝授してくれることが嬉しく思っています。
再読のなかにあった文章の一つですが、「私を導き、育んでくれたもの」を書いている越智直正さんの談話を書いた言葉を復習してみました。
越智さんは靴下問屋の丁稚奉公から苦労をして、一代で靴下専業企業として成功をさせて、業界の優良企業として築き上てこられた方です。
仕事で窮地に陥った時に救いを求めたのは、必ず古典の書物を読み漁って、その叡智から学び取った言葉が助けの手を差し伸べてくれたそうです。
今日ある成功者の姿とは、古典書から学び取った先人の教えだそうで、古典とは人生の応援歌であると解説をしています。
13年間に及ぶ丁稚奉公は、職場の大将からうける過酷さは、歯を食いしばり足を踏ん張るほどであったそうですが、この厳しい体験があったからこそ、今の成功に結びついていることを断言していました。
それでも過酷で厳しかった大将に対して、恨むことは無く最後まで忠実に礼儀を尽くしたことは、今の時代では考えられない恩人への忠誠心があったのです。
独立をしてからは、時の経営の神様と尊ばれた松下幸之助さんに親炙していくのですが、幸之助さんの評価を愚鈍であると語り、ごくごく普通の言葉を当たり前に愚直に一徹されていた人だと語っています。
幸之助さんの経営手法は、一生懸命にコツコツ遣り抜くことだそうで、天命に従って無我夢中の生き方こそ自身の明徳も明らかになってくる心掛けを学び取っています。
無我夢中の生き方を貫くことから、人生の醍醐味を味わっていけることこそ、人を植える道であり、真の幸せを手に入れる唯一の道であると結んでいるのです。
幸之助翁をも並みのアホでなく、天地がひっくり返るほどのアホだと決め付ける姿勢とは、そこまでも愚直な素直さを貫く人を目指すことが、人生の意義の大きさを改めて教えてもらうことができました。
読んだ心算でいるだけでは、決して心の中にも言葉が入り込んでくれること無く、何度も機会をつくって再読を繰り返してこそ価値がある
ものですし、意義ある言葉が凝縮している致知誌を師としてカバンに入れ込んでいます。