前衆議院議員であった中川昭一さんの突然の訃報は、最初のテレビ速報からは自ら命を絶ったことを推測してしまったのですが、死因は病死であるとの報道が最新でありましたので、そこだけは救われた思いをしています。

56歳の働き盛りの身体をもって、突然死で命を亡くしては、極普通の人としても、自民党のエースと言われていた人としても、将来的になんの社会奉公もできないままでは、なんとも情けなくもったいない人生の終焉だと思います。

つい最近の衆議院選挙前は、自民党の若手リーダーとして将来を有望視されていて、将来自民党が復権した時の政権を担うことができる、最大の有力者であったことが報道されていました。

親の威光をもって、学生の頃からエリートの道を歩み、全てに一流の学校と企業に席を置き、父親の議席を受けて衆議院も8期連続して代議士を務めて、最近では政府の重要な大臣を務めていた方が、突然死とはなんとも勿体無いことですし、一人の有能な人間が亡くなることは、その人の功績は別にしても、国民の死とは国家の損失に影響があると思います。

つい先日、ご近所の高齢な方お二人お亡くなりになって、同じ会堂で同じ時間に二軒のお通夜が営まれたことが寂しくて、知り合いが身近から消えてしまうことの悲哀を、同時期に倍の寂しさとして感じてきました。

日常極当たり前に居る人が居なくなると言うことは、そのご家族にとっては大変な出来事で、病に臥していた方とは言え、ご遺族からすれば家族が欠ける寂しさと狼狽が沸き起こってしまい、呆然とした言語と姿が痛々しいほどに感じられました。

此方としても、一日の内にお二人の死に直面してしまい、ご家族にお悔やみにお邪魔をしたのですが、その落胆と狼狽した姿に接して、生活を共にしてきた家族の死と言う現実に、改めて大きな悲しさを覚えてしまいました。

政界において国内外で活躍をしてきた中川さんのご遺族は、一般国民の死の重みに対して、様々に複雑多義に係ることが多々あって、その利害関係とは理解できないくらいの難儀さがあることだと憶測をしてしまいます。

人様のお宅の事情は良く分かりませんが、ご近所の二軒のご不幸の際にも、ご家族の方から聞かされた言葉が、今は気が張っているから大丈夫ですが明日からの気抜けが心配ですと、疲労感をただよせた顔で、ポツリと言葉を伝えてくれたことが痛々しかったです。

人は生まれた瞬間から死にむかっていると言われますが、悔いのない一生を過ごして生きたいものと願うのですが、人の一生の姿とはわからないもののようです。

生をうけてからの人の一生とは、淡々ながらも粛々と無我夢中の毎日の繰り返しで、禍福の交錯した綾模様は、全てに家族の平安の祈願終結だと思います。

平凡な言葉なのですが、平安で悔いのない一生を心にする
ためにも、できるだけ世の中に貢献をする時間を一日でも多くさせて、願うは幸福な家庭生活を築きあげてみたいものです。

ただ人生の出世街道を目指さなくとも、自分の与えられた天成をもって、地道な絆をもつ家族から社会貢献ができることを、心強く念じたいものです。

必ず迎える人の死期ですが、家族からも世の仲間からも惜しまれ悲しまれて、最大限の存在価値を残せる人生を送り、当の本人も悔いのない清々しさをもって天寿を全うしたいものです。