他人に対して気遣いの一言がいえる度量と器量をもっていれば、もっともっとお互いが胸襟を開いて、心を許し合える素敵な関係が構築できると思うのですが、人様の気心とはままならないものがあるようです。
できるだけ自己主張を小さくして、人様の意見を十分に聞き耳を立てる心掛けをしてきた経緯の中で、いろいろな利害関係や人間関係の心情的な係わり合いを、できるだけ咀嚼できる心掛けを持っている心算です。
何方にも同じ目線で同じことが言えて、できる範囲でできる能力を提供することに専念をしてきましたし、精一杯の奉仕を心がけてきました。
何ヶ月かまえのこと、夕飯を一緒にした会合仲間がいるのですが、その会席の折に様々な懸案や提案をしあうことができ、以来、なにかと相談の窓口になっていたつもりです。
必要な資料の提供や情報を開示させて、できるだけ御役にたてることを心にしながら、蔭になってのサポートを心がけていました。
最近になって俄かに意識高揚の環境が整って、相談や支援をしていた内容について、具現化に向けての会合を開く、準備会がありそうな空気を感じていました。
いろいろなお話し合いがされてきた方が中心になって、時の責任者とともに実現を図っている様子が、ちらちらと散見できていましたので、それなりの現状把握は出来ていたのですが、肝心な会合仲間からの報告が伝わってこないのです。
了見が狭い人間なのでしょうか、礼節に欠けて器量がないのか分りませんが、あれだけ誠意をもって対応をして支援をうけてきた経緯が、素知らぬふりの無礼な人とは情けないものです。
こうした自分勝手で自己中心の考えをもった人とは、悲しいほどに多くいることを経験していますが、先日入院をした際にも、仲間への労わりができない人が意外に多くいて、当人を前にして、見舞いの一言が何故素直に言えないのだろうかと訝り、当然の礼儀さが全く理解できなく頭をななめにしながら、偏見の不思議さを悩んでしまいました。
ここまで人様への愚痴を吐露しては、こうして書き込んでいる立場の人間のほうが、よっっぽど厚かましく横暴だと指摘をうけますが、この世の中とは、皆さんが一致した価値観と思い遣りを心がけできない不思議な流れがあるようです。
すべてに自己の保身が優先されて、相手の痛みとか慰労に対しては、まったく無関心となっている、悲しいほどの思いやりと人徳のなさとは、どうしても品性に結びつかない寂しさが募ります。
日常に安易に駄弁れる仲間だけに追随する、アンチョコな精神をもった斑社会の人が、いかに大勢いることでしょうか、外見ばかりにその価値観を共有しあって喜んでしまっている、実に薄っぺらな仲間が散見してしまい誠に残念です。
確かに気の会う仲間は大事な存在ですが、何でも斑社会で価値観を共有してしまい、世話をかけて得を分け与えてくれた人までを、偏見し疎外する無礼さには、はなはだ怒りを覚えるのですが、まだまだ小心で達観できない自分を、大いに反省して見つめなおしてもいます。
無理強いなお説教ごととなってしまいますが、悲しく嘆くのではなく、反省点を気楽な言葉で伝えて挙げれる度胸と忠告を素直に受止める度量と、人の孤高ないぶし銀を感じ取って貰える品性を、一緒になって学び合いできることを心がけていきたいものです。
できるだけ自己主張を小さくして、人様の意見を十分に聞き耳を立てる心掛けをしてきた経緯の中で、いろいろな利害関係や人間関係の心情的な係わり合いを、できるだけ咀嚼できる心掛けを持っている心算です。
何方にも同じ目線で同じことが言えて、できる範囲でできる能力を提供することに専念をしてきましたし、精一杯の奉仕を心がけてきました。
何ヶ月かまえのこと、夕飯を一緒にした会合仲間がいるのですが、その会席の折に様々な懸案や提案をしあうことができ、以来、なにかと相談の窓口になっていたつもりです。
必要な資料の提供や情報を開示させて、できるだけ御役にたてることを心にしながら、蔭になってのサポートを心がけていました。
最近になって俄かに意識高揚の環境が整って、相談や支援をしていた内容について、具現化に向けての会合を開く、準備会がありそうな空気を感じていました。
いろいろなお話し合いがされてきた方が中心になって、時の責任者とともに実現を図っている様子が、ちらちらと散見できていましたので、それなりの現状把握は出来ていたのですが、肝心な会合仲間からの報告が伝わってこないのです。
了見が狭い人間なのでしょうか、礼節に欠けて器量がないのか分りませんが、あれだけ誠意をもって対応をして支援をうけてきた経緯が、素知らぬふりの無礼な人とは情けないものです。
こうした自分勝手で自己中心の考えをもった人とは、悲しいほどに多くいることを経験していますが、先日入院をした際にも、仲間への労わりができない人が意外に多くいて、当人を前にして、見舞いの一言が何故素直に言えないのだろうかと訝り、当然の礼儀さが全く理解できなく頭をななめにしながら、偏見の不思議さを悩んでしまいました。
ここまで人様への愚痴を吐露しては、こうして書き込んでいる立場の人間のほうが、よっっぽど厚かましく横暴だと指摘をうけますが、この世の中とは、皆さんが一致した価値観と思い遣りを心がけできない不思議な流れがあるようです。
すべてに自己の保身が優先されて、相手の痛みとか慰労に対しては、まったく無関心となっている、悲しいほどの思いやりと人徳のなさとは、どうしても品性に結びつかない寂しさが募ります。
日常に安易に駄弁れる仲間だけに追随する、アンチョコな精神をもった斑社会の人が、いかに大勢いることでしょうか、外見ばかりにその価値観を共有しあって喜んでしまっている、実に薄っぺらな仲間が散見してしまい誠に残念です。
確かに気の会う仲間は大事な存在ですが、何でも斑社会で価値観を共有してしまい、世話をかけて得を分け与えてくれた人までを、偏見し疎外する無礼さには、はなはだ怒りを覚えるのですが、まだまだ小心で達観できない自分を、大いに反省して見つめなおしてもいます。
無理強いなお説教ごととなってしまいますが、悲しく嘆くのではなく、反省点を気楽な言葉で伝えて挙げれる度胸と忠告を素直に受止める度量と、人の孤高ないぶし銀を感じ取って貰える品性を、一緒になって学び合いできることを心がけていきたいものです。