スズメが貴重な保護鳥になるかも知れないと、以前何かの新聞か本に書いていたことを、読んだことを思い出しています。
昨日の夕刻に、久し振りで愛犬二匹と近くを散策したのですが、住宅地の真ん中に位置する小さな公園に、一羽の子スズメが飛び歩きをして遊んでいました。
小ぶりな身体をしている外見上と、下手な飛び方で判断できる雛は、木々の枝でなく、低地の構築物を渡り歩いて、可愛い仕草をみせてくれていました。
愛犬二匹が本能をむき出しにして、捕獲しようとする姿を宥めながら、子供のころに遊んだスズメ捕りを思いだしていました。
何十年と言う遥か昔の小学校の時代には、穀物が稔る秋口にみせる大群の飛来があり、害鳥といえない長閑さが感じられて、何処にいってもスズメの大群が、当たり前のように共棲していました。
遊ぶことと言えば、近くに在る野里の藪の中とか、広い農家の庭先とか、とにかく土と一緒に泥まみれになりながら、陽が沈むまで遊びまわっていました。
小学生に上がる前の子供と、中学生達に混じっての集団保育のようなもので、大勢の兄弟が集って、夕飯前の子守をしていた時代背景は、今になって理解できることでして、当時とすればよき仲間と一緒に居れる安心感の喜びだけでした。
ある時に、先輩である中学生が、スズメを捕って焼き鳥屋に売りに行こうと言い出して、従順な子供達は言いなりに従って、それぞれ捕獲の罠を工作したものです。
グループの中にはレンガを組んでみたり、笊を仕組んでみたり、失敗を活かした経験を元に創意工夫した罠の中には、面白いように何羽かのスズメが入り込んだものでした。
罠に近付きながら身を返して飛び去るスズメが殆どでしたが、その捕獲の瞬間のスリリングな体験は、幼い子供心には大きな教訓を与えてくれました。
じっとして捕獲を待つ間合いと、身動きしない我慢と、幼児をあやす役割とかを身につけながら、沢山の失敗を経験するうちに、年配少年らしくリーダーの資格が会得されていくのでした。
スズメを売りにいけるほど収穫はありませんでしたが、生け捕ったスズメを何羽も家で飼いましたが、結果的には野鳥の飼育は無理でして、何羽も貴重な命を犠牲にさせました。
いまスズメの絶滅危機を知らされて、その原因が何であれ、住める共棲環境から消え去る寂しさと、改めてのスズメへの愛着が郷愁とともにわいてきました。
雀百まで踊り忘れずと言われますが、子供のときに経験したことは、自分の中で確りと活かされているのでしょうか。
公園で出会ったスズメと時たま庭に飛来するスズメの先祖が、もしかして子供の時に出会って苛めてしまったスズメかもしれなく、何かを諭しにきているのかと、愛犬共々深慮遠慮させています。
かすかに覚えている舌きりすずめを教訓
に、老いた人生になった今、小雨降る事務所のドアーを開放して、一時のスズメの雨宿り代わりにと気遣いをして、昔の罪滅ぼしをしているところです。
昨日の夕刻に、久し振りで愛犬二匹と近くを散策したのですが、住宅地の真ん中に位置する小さな公園に、一羽の子スズメが飛び歩きをして遊んでいました。
小ぶりな身体をしている外見上と、下手な飛び方で判断できる雛は、木々の枝でなく、低地の構築物を渡り歩いて、可愛い仕草をみせてくれていました。
愛犬二匹が本能をむき出しにして、捕獲しようとする姿を宥めながら、子供のころに遊んだスズメ捕りを思いだしていました。
何十年と言う遥か昔の小学校の時代には、穀物が稔る秋口にみせる大群の飛来があり、害鳥といえない長閑さが感じられて、何処にいってもスズメの大群が、当たり前のように共棲していました。
遊ぶことと言えば、近くに在る野里の藪の中とか、広い農家の庭先とか、とにかく土と一緒に泥まみれになりながら、陽が沈むまで遊びまわっていました。
小学生に上がる前の子供と、中学生達に混じっての集団保育のようなもので、大勢の兄弟が集って、夕飯前の子守をしていた時代背景は、今になって理解できることでして、当時とすればよき仲間と一緒に居れる安心感の喜びだけでした。
ある時に、先輩である中学生が、スズメを捕って焼き鳥屋に売りに行こうと言い出して、従順な子供達は言いなりに従って、それぞれ捕獲の罠を工作したものです。
グループの中にはレンガを組んでみたり、笊を仕組んでみたり、失敗を活かした経験を元に創意工夫した罠の中には、面白いように何羽かのスズメが入り込んだものでした。
罠に近付きながら身を返して飛び去るスズメが殆どでしたが、その捕獲の瞬間のスリリングな体験は、幼い子供心には大きな教訓を与えてくれました。
じっとして捕獲を待つ間合いと、身動きしない我慢と、幼児をあやす役割とかを身につけながら、沢山の失敗を経験するうちに、年配少年らしくリーダーの資格が会得されていくのでした。
スズメを売りにいけるほど収穫はありませんでしたが、生け捕ったスズメを何羽も家で飼いましたが、結果的には野鳥の飼育は無理でして、何羽も貴重な命を犠牲にさせました。
いまスズメの絶滅危機を知らされて、その原因が何であれ、住める共棲環境から消え去る寂しさと、改めてのスズメへの愛着が郷愁とともにわいてきました。
雀百まで踊り忘れずと言われますが、子供のときに経験したことは、自分の中で確りと活かされているのでしょうか。
公園で出会ったスズメと時たま庭に飛来するスズメの先祖が、もしかして子供の時に出会って苛めてしまったスズメかもしれなく、何かを諭しにきているのかと、愛犬共々深慮遠慮させています。
かすかに覚えている舌きりすずめを教訓
に、老いた人生になった今、小雨降る事務所のドアーを開放して、一時のスズメの雨宿り代わりにと気遣いをして、昔の罪滅ぼしをしているところです。