思っていた天気予報よりも雨模様が早めになったのか、JR駅から事務所に向かう道すがら、ポツンポツンと俄かに小雨が降り始めました。

午後から損害保険の資格更新試験に向ったのですが、ドンヨリ空は吹く風がとても寒くて、身につけた厚手の皮コートがありがたく、襟をたてて手袋をはめて漸く身体の体温が感じられ、電車内の座った椅子席には、高温のヒーターが入っていて、お尻が火傷をするくらいの温度設定がされていました。

学生の頃受験シーズン時に、電車のヒーターが頼れる暖房設備で、座席の下から感じるお尻への熱さからは、ついつい心地良く好い気分になってしまい、白川夜船のコックリが本格的な熟睡にはいってしまい、降車駅の乗り越しを何回経験したことでしょうか。

40数年前の記憶が鮮やかに甦ってきたのですが、電車内と試験会場が熱いくらいの暖房に成っている環境から、なにやら深い安堵感を覚えてしまったほどです。

駅から目的地までの極寒の吹きさらしの一時が、若き青年時代の一コマを呼び戻してくれて、短い移動時間であったのですが、郷愁を楽しませてくれました。

普段は滅多に利用るご縁がない、JR路線で往復をしたのですが、見慣れた街並みとは微妙に視界が変わって観え、資格更新試験の書類に目を通すことよりも、日常とは変った風景に見とれてしまって、窓の外に目を輝かせる様子は、まるで子供のような仕草をしていたようです。

高架線のJR車内からは、同じ市内の様子が、真反対側からの模様として目にすることができ、見慣れている建物などが、とても新鮮に感じることができました。

人生とは巡り巡ったご縁が脈々と引き継がれて、時の経過は重ねるなかで、まったく同じ経験をしてしまう機会が、巡りまわってくるものだと納得をして、せめてもそんな経験を何回か味わう中で、せめても人間として成長する糧をもちたいものです。

それにしても思うのですが、子供のころに毎夏味わった高潮ですが、最近にはまったく現象がなくて、昔話そのものであって昔経験した恐怖感は、どのように伝達して納得して貰うのかが、時代の変遷の仲で思い出したのです。

子供のころに育った海辺の街でしたが、いまでは埋め立てして、大きな住宅地に変貌しているのですが、高架線路が走る街が、水没するくらいの高潮の現象が、まったく観ることできない気候になっています。

JRに乗り合いしながら、見慣れた景色を角度を変えて眺めることができ、変貌した街並みと天候の変化も比べることができ、日常の慣れからマンネリ化している感覚と意識を、ひょんなことで認識することができました。

無意識の中から意識を見出すことの心掛けを、ことあるごとに新鮮な感覚として味わうことができるように、五感の働きを敏感にさせていきたいものです。