どうしても訊きたかった講演会がやってきて、前約した高校の同窓会を断ってまでも、東京で行なわれる致知出版社の、新春特別講演会にでかけてきました。
昨年の前回の講演会は、千日回峰修験者の塩沼亮潤さんからの、修験道の厳しいお話を訊くことができましたが、席が最後部とあって、お顔も拝顔することができませんでした経験から、受付開始時間早々に到着するようにしました。
JRを小一時間乗り込んで、目的のホテルまでを寒空の中汗をかくほど急ぎ足にして、12時からの受付時間を30分も早く到着することができたのですが、既に長蛇の列ができていて、ホテルまでの道すがらカレーショップを見つけて、食事を済ませてから会場入りを企てたことを断念して、ほっと安堵感を覚えたほどでした。
定時に受付が始まり、全国から1000名を超える参加者と聞かされた会場内は、大広間に椅子がぎっしり並んだ圧巻の様をみせてくれました。
全国から集った致知愛読者の皆さんは、老若男女の様々な方々で、年齢が上の方の参加は納得することができるのですが、大学生の方にお会いできるとは、正直驚いてしまうと同時に嬉しくもなってしましました。
致知出版社から対談集がでている、仏教伝道者の松原泰道さんと作家の五木寛之さんの講演が開始されるころには、超満員の聴衆が舞台を見据えて、静寂して聞き入る姿から、同じ価値観に共益できている喜びを感じ取ることができました。
101歳になられる松原泰道さんのお話は、仏教徒らしく、毎日真心をもって誠心誠意の思いやりを薦めてくれて、年齢を感じさせない矍鑠たるお話ぶりに感動をしてしまいましたし、こころ豊かに安らぐ空間を享受できたところです。
日々毎日の繰り返しが人生だと説いてくれたのですが、日々新たに、また日々新たにの極々自然の繰り返しから、一日暮らしを大切に生きたいものであると、教えを頂くことができました。
なかでも言葉を心の支えとできる杖として、活用させる示唆は、新鮮に受止めることができ、苦悩は人を成長させると信じて、すすんで忍耐をしながら人様に尽くす生き方に感銘できましたし、真心を込めた誠実さは、常に心していることと感激をしたほどです。。
また作家の五木寛之さんは、世界中が経済不安になっている現世と、歴史に残る様々な社会観と人の意識の変遷を、鋭い感覚で話された中で、仏教者がもっとメリハリのある意見を提示するように、ちょっぴり鋭い私見を述べてくれました。
仰ることは、私も同じ価値観をもっていて、現代の仏教家は、今ほど社会が難儀な時ほど的確に向き合って、支援と癒しのメセージを発信させ、社会への償いをする必要性を覚えることができました。
こんな景気が悪く不安な世の中にこそ、慈悲心をもって、屈して萎える優しさを心する時代にチェンジする心掛けが時代性に適合していくことを強調されましたし、弱さの代名詞とされる萎えることさえも、有益さに変容させる時代性は意外でしたる。
お二人のありがたい講演を拝聴でき多くを学ぶことができて、自分で消化させることには時間が掛かりますが、心掛けとしていることの裏づけができて、なによりもこころ強く感じたことでした。
これから月刊で配布されれる致知を座右に置きながら、自分の指針とできる言葉を見つけることができる喜びを感じて、文字の至宝とした支えどころとして、何時までも心の灯台としての燈明としていこうと信じているところです。
昨年の前回の講演会は、千日回峰修験者の塩沼亮潤さんからの、修験道の厳しいお話を訊くことができましたが、席が最後部とあって、お顔も拝顔することができませんでした経験から、受付開始時間早々に到着するようにしました。
JRを小一時間乗り込んで、目的のホテルまでを寒空の中汗をかくほど急ぎ足にして、12時からの受付時間を30分も早く到着することができたのですが、既に長蛇の列ができていて、ホテルまでの道すがらカレーショップを見つけて、食事を済ませてから会場入りを企てたことを断念して、ほっと安堵感を覚えたほどでした。
定時に受付が始まり、全国から1000名を超える参加者と聞かされた会場内は、大広間に椅子がぎっしり並んだ圧巻の様をみせてくれました。
全国から集った致知愛読者の皆さんは、老若男女の様々な方々で、年齢が上の方の参加は納得することができるのですが、大学生の方にお会いできるとは、正直驚いてしまうと同時に嬉しくもなってしましました。
致知出版社から対談集がでている、仏教伝道者の松原泰道さんと作家の五木寛之さんの講演が開始されるころには、超満員の聴衆が舞台を見据えて、静寂して聞き入る姿から、同じ価値観に共益できている喜びを感じ取ることができました。
101歳になられる松原泰道さんのお話は、仏教徒らしく、毎日真心をもって誠心誠意の思いやりを薦めてくれて、年齢を感じさせない矍鑠たるお話ぶりに感動をしてしまいましたし、こころ豊かに安らぐ空間を享受できたところです。
日々毎日の繰り返しが人生だと説いてくれたのですが、日々新たに、また日々新たにの極々自然の繰り返しから、一日暮らしを大切に生きたいものであると、教えを頂くことができました。
なかでも言葉を心の支えとできる杖として、活用させる示唆は、新鮮に受止めることができ、苦悩は人を成長させると信じて、すすんで忍耐をしながら人様に尽くす生き方に感銘できましたし、真心を込めた誠実さは、常に心していることと感激をしたほどです。。
また作家の五木寛之さんは、世界中が経済不安になっている現世と、歴史に残る様々な社会観と人の意識の変遷を、鋭い感覚で話された中で、仏教者がもっとメリハリのある意見を提示するように、ちょっぴり鋭い私見を述べてくれました。
仰ることは、私も同じ価値観をもっていて、現代の仏教家は、今ほど社会が難儀な時ほど的確に向き合って、支援と癒しのメセージを発信させ、社会への償いをする必要性を覚えることができました。
こんな景気が悪く不安な世の中にこそ、慈悲心をもって、屈して萎える優しさを心する時代にチェンジする心掛けが時代性に適合していくことを強調されましたし、弱さの代名詞とされる萎えることさえも、有益さに変容させる時代性は意外でしたる。
お二人のありがたい講演を拝聴でき多くを学ぶことができて、自分で消化させることには時間が掛かりますが、心掛けとしていることの裏づけができて、なによりもこころ強く感じたことでした。
これから月刊で配布されれる致知を座右に置きながら、自分の指針とできる言葉を見つけることができる喜びを感じて、文字の至宝とした支えどころとして、何時までも心の灯台としての燈明としていこうと信じているところです。