足取り軽く矍鑠たる容姿をもって、淡々と話される言葉は意味深く、まったく自然体で気取らない先達からは、厳しい指摘も含めた薀蓄ある教訓を訊かされ、我々は数々の学び取をすることができました。
91歳になるロータリアンは、クラブ入会暦43年間の思い出話を、時間が足りないくらいに伝えてくれたのですが、やはり、差支えのある生々しい話題は避けているようで、場の雰囲気を適時読みきる配慮からは、年の功を含めて、さすがと思わせる人物像をみせてくれました。
昭和40年代と言えば、東京オリンピックが開催された時代で、世の中は未来に希望をもって、様々に活気ある時代でありましたし、ロータリー・クラブも沢山の会員が入会されたようで、毎年のように次々にクラブの拡大が、日常のようにされていた時代だったそうです。
創立されたばかりのクラブに、入会された91歳のロータリアンは、いろいろな経験をされてクラブライフを楽しんだのですが、クラブ創立10周年の時に拡大誕生させたクラブが、今私が在籍しているクラブになっているのです。
その当時の逸話を聴かせて欲しいとの願いに対して、今日の例会に来会されて、卓話として思い出を話されてくれたのでした。
この先達のお話を聴かせて頂いて、気付いたことは、決してボス的なリーダーぶりを発揮しないことで、蔭になってのクラブ支援をされて、どちらかと言えばご自身がノンポリ的に、温かくクラブ運営を見守って、俯瞰してきたようです。
話をする時間経過と共に、笑顔で活き活きと佳境になってきて、ロータリーを通して、三つの人生の利徳を得たことを伝えてくれました。
その一つは、毎週の例会に無欠席で出席できた健康体があり、その二つは、毎週例会で聴くことができる卓話であり、その三つは、色々な職業に携っている方々と巡り合い、友愛が盛んになったことがあるそうです。
先達は、若いときには余り健康体でなかったそうですが、毎週の例会を楽しみに出席することが、健康に繋がったそうで、一番の利得を強く訴えていましたし、こうして高齢になっても、病知らずでいれることを、ことのほか喜んでいられました。
例会出席に喜びを感じた卓話ですが、人様から教えてもらった数々の知識は、この例会を出席したからこそと、全国のクラブに訪問した時に得た、思いがけない貴重な卓話が、仕事や人生に役立っていることを、ロータリーの価値として評価されました。
最後の人との交流ですが、知り得たことに評価をするのでなく、人の考え方に共感や共鳴をして、時には感動を覚えながら、自己形成に役立ったことを力説されていました。
ロータリー理念や人生訓は、この次の機会の宿題になってしまいましたが、ロータリー活動の原点である、人との出会いから得る、様々な学びごとを通して得た喜びを、自己の職業に繁栄をさせて、取引先やお客様を通して世の中に還元させ、奉仕の心を磨く感動のすばらしさを、熱弁で説いてくれました。
世の中の酸いも甘いも、物事の表や裏のすべてを知り尽くした先達が、人生の半分をロータリー活動に専念しても、いまだ魅力をもって参加ができる摩訶不思議さ
を、ポツリと述懐してくれたのが、ロータリーマジックと言われる所以なのかとも恩います。
人生も経験もすべてに、赤子のように幼稚な自分なのですが、善き先達を見習うことができる幸せさを享受し、身近な先達として、時に、自身の鑑として学んでいこうと念じています。
91歳になるロータリアンは、クラブ入会暦43年間の思い出話を、時間が足りないくらいに伝えてくれたのですが、やはり、差支えのある生々しい話題は避けているようで、場の雰囲気を適時読みきる配慮からは、年の功を含めて、さすがと思わせる人物像をみせてくれました。
昭和40年代と言えば、東京オリンピックが開催された時代で、世の中は未来に希望をもって、様々に活気ある時代でありましたし、ロータリー・クラブも沢山の会員が入会されたようで、毎年のように次々にクラブの拡大が、日常のようにされていた時代だったそうです。
創立されたばかりのクラブに、入会された91歳のロータリアンは、いろいろな経験をされてクラブライフを楽しんだのですが、クラブ創立10周年の時に拡大誕生させたクラブが、今私が在籍しているクラブになっているのです。
その当時の逸話を聴かせて欲しいとの願いに対して、今日の例会に来会されて、卓話として思い出を話されてくれたのでした。
この先達のお話を聴かせて頂いて、気付いたことは、決してボス的なリーダーぶりを発揮しないことで、蔭になってのクラブ支援をされて、どちらかと言えばご自身がノンポリ的に、温かくクラブ運営を見守って、俯瞰してきたようです。
話をする時間経過と共に、笑顔で活き活きと佳境になってきて、ロータリーを通して、三つの人生の利徳を得たことを伝えてくれました。
その一つは、毎週の例会に無欠席で出席できた健康体があり、その二つは、毎週例会で聴くことができる卓話であり、その三つは、色々な職業に携っている方々と巡り合い、友愛が盛んになったことがあるそうです。
先達は、若いときには余り健康体でなかったそうですが、毎週の例会を楽しみに出席することが、健康に繋がったそうで、一番の利得を強く訴えていましたし、こうして高齢になっても、病知らずでいれることを、ことのほか喜んでいられました。
例会出席に喜びを感じた卓話ですが、人様から教えてもらった数々の知識は、この例会を出席したからこそと、全国のクラブに訪問した時に得た、思いがけない貴重な卓話が、仕事や人生に役立っていることを、ロータリーの価値として評価されました。
最後の人との交流ですが、知り得たことに評価をするのでなく、人の考え方に共感や共鳴をして、時には感動を覚えながら、自己形成に役立ったことを力説されていました。
ロータリー理念や人生訓は、この次の機会の宿題になってしまいましたが、ロータリー活動の原点である、人との出会いから得る、様々な学びごとを通して得た喜びを、自己の職業に繁栄をさせて、取引先やお客様を通して世の中に還元させ、奉仕の心を磨く感動のすばらしさを、熱弁で説いてくれました。
世の中の酸いも甘いも、物事の表や裏のすべてを知り尽くした先達が、人生の半分をロータリー活動に専念しても、いまだ魅力をもって参加ができる摩訶不思議さ
を、ポツリと述懐してくれたのが、ロータリーマジックと言われる所以なのかとも恩います。
人生も経験もすべてに、赤子のように幼稚な自分なのですが、善き先達を見習うことができる幸せさを享受し、身近な先達として、時に、自身の鑑として学んでいこうと念じています。