大相撲初場所を見ていますと、お正月のご祝儀場所かと訝ってしまうほどに、満員のお客さんが連日国技館に足を運んでいますし、当日券も早くに並ばなければ買えないほどの活況を、先日のニュースが報道していました。

昨年中は、暴力致死事件から朝青龍の横綱品格問題から、八百長不可解事件、麻薬所持物議、等々の大きな力士難題が起きて、国技である大相撲の存続すら危ぶまれる、誰でもが危機感を抱くほどの諸問題が表面化したものでした。

昨年北の海理事長が責任を負って辞任して、新しく伊勢ノ海理事長が就任したことが、改善の功を奏しているのか、よく実体は分かりませんが、国技に人気が戻って活況があることは、ファンとしても国民としても、とっても嬉しいことに思っています。

先場所があった福岡では、連日空席が目立って、ニュース画面で流れる不人気の現実を、少しばかり心配をした一人でもありますので、活況ある初場所が、改革された新しい大相撲の再出発に繋がることを期待しているところです。

年が明けて初場所の活況状況は、まったく同じ世相であるにも係らず、連日超満員の盛況振りですし、何よりも朝青龍自身が多くの声援を受ける形で、大相撲ファンの注目を独り占めにしている気がしますし、昨年と言うかつい数ヶ月前の不人気度は、何が原因であったのかを知りたいくらいの摩訶不思議さが感じられます。

どちらかといえば、趣味嗜好の部類にはいる大相撲の見物が活況で、世の中が厳しく心配をされている報道の中、雇用の不安定な難題と経済不安の真っ只中の社会現象が、大きく乖離しているようにも思ってしまいます。

雇用解雇とか賃下げとか厳しさが増す中、毎日国技館が人気を盛り返していることは、実にホッとする現状を確認できて、一方的に報道されるコメントでない実況模様から、真実の確認を見てとる必用があると思っています。

マスコミを通して、世の中の現象を公平に流してくれるのですが、何処まで真実として受止めて好いのかも、ニュースを受け取る身としても、単純に闇雲な受止めをしないで、しっかりと確認する必要がありそうです。

情報のコントロールは皆無と信じたいのですが、テレビを主とするマスコミから流される、各種情報に一喜一憂している我々は、どこまで素直に受止めることが、自己責任としての範囲に入るかも、確りと目と耳を働かせる必要がありそうです。

日常会話の中で使われている、週刊誌が書いていることだから当てにならないのです、と言った言葉を常套句にしているのですが、テレビが言うことだからとか、ラジオの言う事だからとは言わないところも、実に不思議な思いをしています。

夜遅くの時間帯に、各局が競って報道番組を放送していますが、出来事の真実から、何を汲み取って、自信の生きる糧にするかは、与えられる情報で無く、自分自信が積極的に得た情報をもって、きっちりとものごとの良し悪しの、判断ができる能力を身につけたいものです

テレビ番組もお笑いとバラエティーが主流になっておりますが、報道もこうした時流を受け入れて、硬軟織り交ぜての番組編成がされていて、バラエテーィとの合体型が、今風の若者好みになるのでしょうか。

視聴率と言う制約と、スポンサーと言う営業活動をもって、民間報道番組が制作される過程からは、我々国人一人一人が深く思慮できる能力をもって、世相の判断を見極めていける必用性が、ますます大切になる時代である気がしています。