何事にも淡白であまり拘りを持たない性格ですから、食事にも衣類にも特に深い嗜好も無く、贅沢品は縁遠い生活習慣スタイルを踏襲してきました。

それでも好きな野球やゴルフの手袋や帽子は、時々の流行り物を買い求めて、いつの間にか数個がストックされてきましたが、なかなかお気に入りの品物が少なくて、いつのまにか時代遅れになってしまって、埃だけが積もった状態で片隅に垣間見れます。

なかでも帽子類は数多く有るのですが、使えるものは少なく、なかなか捨てることもできなく、形が崩れてしまったり色あせてしまったりして、なかなか気に入っているものは少ないのです。

この冬になってからは、寒い夕刻の散歩時にだけ、台湾の友人からプレゼントされた野球帽を被っていて、デザインとフィット感が好きで一番愛用してきたのですが、使う頻度が多すぎたのか、年季が入って相当傷んできていました。

昨年末に病気見舞いの為に韓国の知人を訪問した時のことですが、その時には何故なのかと思う防寒帽のお土産を頂くことができました。

知人からは、耳を覆うように折りたたんだつば付きの、防寒帽を使ってくださいと言われて手渡された時に、普段は帽子に縁がないし、余り好んで被るタイプでもなし、と思いつつもカバンの中に入れ込んでいたのですが、意外にも帰国して直ぐに使い始める機会に恵まれました。

日中は温暖の輝ける陽光を浴びる楽めていたのですが、大晦日に除夜の鐘を聞いてから、深夜に一人地元の氏神様に年始の参拝に行く際に、何気なく手にして被ったお土産の帽子がフィットして、耳を覆い被さって深夜の寒風を防いでくれた、とっても優れものであることに気がつきました。

元旦になって、韓国の知人から年始の挨拶があった時に尋ねられたことが、防寒帽子は使ってくれていますかと聞かれて、咄嗟に、早速便利に使っていますと伝えたのですが、正直お世辞でなく、頂いた防寒帽がとっても軽くてフィット感があって、抜群に便利な優れものであったのでした。

一度寒風の中で、とても便利に役立つ味わいをしてしまうと、夕刻の散歩時には必需品となってしまい、着帽感が大好きになってしまい、今日のように寒波が強く襲ってきている時には、寒風を顔から護ってくれて、感触が良くて暖かさが最高に伝わってくるのです。

ほっ被りスタイルですから夜目遠目なら好いのですが、日光下鏡で写してみたら、どんな恰好したお爺さんになっているかが気になるのですが、見栄えよりは防寒効果が第一で有効的な季節なのです。
今日の大寒波でも心地良く散歩にでれることも、この頂いた防寒帽があればこそで、子供心に成って、帽子を被りたい一心で寒空の中でかけることができました。

いまだ何故防寒帽を頂いたのかは、意味が良く分かりませんままですが、何気なく頂いたものが有益に役立っていることが嬉しくて、尚更に、韓国の知人がこうした季節を見越してくれた、長老の心配りと知恵に脱帽をしているところです。

降らぬとも傘の用意との諺が言われておりますが、人生の先達は何かを察してくれたのでしょうか、恰好好いゴルフ帽であればニコニコした声でお礼がされたのでしょうが、少々不細工な防寒帽では、さぞかし形ばかりにお礼を述べたと反省しきりなのです。

知人が気心を込めて準備してくれたのですから
、改めて心を入れ替えて、心からの感謝と御礼を伝える必要があって、今夜のような轟々と寒風が夜空に吹きさけぶ日に、防寒帽の有り難味をどれほどか満喫して、いつまでも大切に活用させて貰う心算でいます。