毎日の生活慣習でもそうですが、お会いしている人とか、使い慣れている路とか道具とかは、親しんでいる分素直で、感覚的にも抵抗無く受け入れることができます。

究極的な境遇になりますが、全てに安心して慣れ親しんでいる家庭が、最高の憩いの場になっていることを思うのですが、家族も家屋も家財も含めて、全てが日常の気心許せる範疇にあることが、気を許しあえる安らぎとなるのでしょう。

気忙しい年末も押し詰まってきて、年賀状の宛名を書かなければいけないのですが、以前ですと筆ペンで書き込んでいましたが、ついつい面倒さが先になってしまい、サインペンを頻繁に使用するようになりました。

子供の頃から毛筆習字が好きで、電車に乗って遠くの塾まで通っていた時代がありましたが、数人の友人と通っていても、徐々に少なくなっていき、最後は一人ぼっちで電車に乗ることになりました。

熱心に通うことが出来たぶん、師匠であった高齢な書道家の先生に、随分と可愛がってもらって、個人的にも優遇した配慮をうけることになりました。

当時は硯で墨をする本格的な書道でして、手を真っ黒に染めながら、墨を磨っていたのですが、毛筆のしなやかな動きに魅せられて、子供ながらに黒々とした筆字の魔力に惹きこまれてしまいました。

練習のあとには硯や筆を水で綺麗に洗って、後始末をしなければ、次回には素早く使えることができなく、書道塾では厳しく教えられ、様々な礼節を学ぶことができ、今となっては教訓を喜んでいます。

その後始末を忘れていたかのように、最新の筆ペンが上手く書けなくなっていて、インクホルダーを交換しても、何をしても上手く書くことができなく、どれほどの無駄な時間を費やしてしまったでしょうか。

結果的には筆先をぬるま湯で洗って、柔らかく揉んでみたのですが、この工夫が最善となってからは、思うように滑らかな書き方ができ、ホッとしていると同時に、道具も手入れ次第でどのようにも変えることができることを、改めて教えてもらうことができました。

余り使わなくなった高級万年筆もしかり、普段は安易に使えるボールペンばかりが優先させられますが、使い勝手が煩わしい筆ペンとかも、出来るだけ日常に活用することで、筆とも以心伝心の気心が知れて、思うような効果が発揮させることが出来ると思います。

道具だけでなく、日常交流する方々の中にも、同じことが通用する思いをするのですが、是非とも友愛をもって、思い遣る友人との付き合いを、適度に都合良く交流させなければいけないことを、心して身に付けようとするのです。

墨が固まった筆ペンは、ぬるま湯で容易に復元することができますが、仲間とのいざこざのトラブルは、簡単には修復することができなく、日常からの小まめな付き合いをすることから、複雑な煩わしさがなくなるのだと信じたいものです。

人間関係の滞りは、お互いに感情論を優先させることとなって、いらぬ弊害を呼び起こしてしまいますので、せめては孤高の立場の中から、淀みを清らかにさせる管理方を果たしてみたいものです。

墨の色を残して滑らかに書き込むことができる、墨跡と同じような瑞々しい日常からは、人と物を兼ね備えてのことだと、早く自信を持ってみたいものと念じています。