冬の雲海からひょっこりと真っ白な入道雲のような頭を出して、雲なのか山なのかが見分けが効かないのですが、飛行機の進む具合のなかで、漸く中央アルプスの山々であることが理解できました。
真っ白に冠雪をした山の姿は美しく、鳥瞰できる機会は余り無いのですが、お天気に恵まれて高度8000メーターからの眺めはすばらしいの一言です。
14時の飛行機に乗り込むためには、12時には空港で搭乗手続きをすることもあって、起床時から慌ただしい時間が過ぎ、留守の間の仕事の手順をしたり、スタッフとの確認の作業をしたりして、愛犬が留守を感じ取って二匹が揃って擦りついてきてきました。
軽く頭を愛撫してアスファルトの道路に、キャリアー付の旅行カバンを引っ張っている音が心地良く振動して、10分ほどのJR駅まで、ころころと軽快な音と一緒に歩くことができたのです。
家人や他の方とのご一緒の時には、車を使って直接空港に横付けするのですが、今回気楽な一人旅ともあって、JR車内でも読書をしたりゆったりと時間を過ごすことができたのです。
大韓航空を利用したと言うよりは、インターネット上での廉価な航空券を検索して、Eチケットを発行しての手配でしたので、本当に久し振りに第一ビルからの出発を味わうことができ、一人旅の気侭が楽しめて、お土産店やブランド免税店で、アイショッピングを存分に楽しんでしまいました。
韓国釜山の空港には、出迎えない予定の知人が車椅子に乗って、にこやかに出迎えをして戴き、海雲台のお住まいに訪問できました。
釜山の中心街には何度か馴染みがあるのですが、海のリゾート地になる海雲台の街並みが懐かしく、大きく進化した街並みは都心の高層ビル群とかわらないスケールがありました。
10階にあるお住まいで、今回訪問させて頂いたお見舞いの気持ちを伝えたり、記念写真を撮ったりした後に、地元でも最高級焼肉店であるお店で歓待を受けることになり、おなかが一杯になる心配りをいただきました。
胃の調子が悪く新たな心配があるのですが、朝にリンゲル点滴を受けての接待に、いたく恐縮をしてしまい、2ヶ月もお見舞いが遅れたことを恥じ入るのでした。
84歳と75歳の老夫婦は流暢な日本語で語り掛けてくれて、戦時中の苦しいながらの、日本統治が今の韓国の母体であると説明をしてくれ、政治的に微妙な判断があるなか、意図も明白に統治時代を肯定してくれました。
たしかに今のインフラの基本は当時の投資が生きている様子ですし、何よりもメディアからの報道と違った評価が口からでてくる背景を思うと、微妙な生活階層があるかあら、違った評価になるのかと感じ取っています。
今までも感じていたことですが、高齢な方は皆統治時代に日本の教育を受けていて、いま達者に日本語を話して、韓国発展の基盤に貢献できた自負があるらしく、堂々と自己主張をされている姿が逞しく嬉しいものです。
思えば15年ほど前にお会いした、こうしたお仲間の方々は、表立っての統治時代は無視をしていた記憶があって、さらには理解している日本語さえも、あえて使わない方がたくさん垣間見れました。
今日初めてお会いしたロータリアンのお二人も、80歳代後半の方でしたが、以前の世相とはまったく違って、積極的に日本語を活用して、公然と話しかけてくれる姿勢がありました。
若い方からはあえてなのか、英語で気さくに挨拶されて、素敵な笑顔で親しく言葉を掛けてくれることが嬉しく、世代交代の波が確実に押し寄せて、対岸の日本を親しくする方から、世界を見据えた若い世代が活躍する社会に変容している国に感じます。
我々も日本語を話せる世代の方に、甘えすぎている帰来があるのですが、積極的に英語を駆使する世代を構築できなければ、国際社会から取り残される心配も感じました。
英会話先進国として、東南アジア圏でも取り残される気配が十分あることを、何度かの海外訪問をして懸念させられ、せめて自身も機会を見つけて日常会話を気軽に使えるようになってみたいものです。
真っ白に冠雪をした山の姿は美しく、鳥瞰できる機会は余り無いのですが、お天気に恵まれて高度8000メーターからの眺めはすばらしいの一言です。
14時の飛行機に乗り込むためには、12時には空港で搭乗手続きをすることもあって、起床時から慌ただしい時間が過ぎ、留守の間の仕事の手順をしたり、スタッフとの確認の作業をしたりして、愛犬が留守を感じ取って二匹が揃って擦りついてきてきました。
軽く頭を愛撫してアスファルトの道路に、キャリアー付の旅行カバンを引っ張っている音が心地良く振動して、10分ほどのJR駅まで、ころころと軽快な音と一緒に歩くことができたのです。
家人や他の方とのご一緒の時には、車を使って直接空港に横付けするのですが、今回気楽な一人旅ともあって、JR車内でも読書をしたりゆったりと時間を過ごすことができたのです。
大韓航空を利用したと言うよりは、インターネット上での廉価な航空券を検索して、Eチケットを発行しての手配でしたので、本当に久し振りに第一ビルからの出発を味わうことができ、一人旅の気侭が楽しめて、お土産店やブランド免税店で、アイショッピングを存分に楽しんでしまいました。
韓国釜山の空港には、出迎えない予定の知人が車椅子に乗って、にこやかに出迎えをして戴き、海雲台のお住まいに訪問できました。
釜山の中心街には何度か馴染みがあるのですが、海のリゾート地になる海雲台の街並みが懐かしく、大きく進化した街並みは都心の高層ビル群とかわらないスケールがありました。
10階にあるお住まいで、今回訪問させて頂いたお見舞いの気持ちを伝えたり、記念写真を撮ったりした後に、地元でも最高級焼肉店であるお店で歓待を受けることになり、おなかが一杯になる心配りをいただきました。
胃の調子が悪く新たな心配があるのですが、朝にリンゲル点滴を受けての接待に、いたく恐縮をしてしまい、2ヶ月もお見舞いが遅れたことを恥じ入るのでした。
84歳と75歳の老夫婦は流暢な日本語で語り掛けてくれて、戦時中の苦しいながらの、日本統治が今の韓国の母体であると説明をしてくれ、政治的に微妙な判断があるなか、意図も明白に統治時代を肯定してくれました。
たしかに今のインフラの基本は当時の投資が生きている様子ですし、何よりもメディアからの報道と違った評価が口からでてくる背景を思うと、微妙な生活階層があるかあら、違った評価になるのかと感じ取っています。
今までも感じていたことですが、高齢な方は皆統治時代に日本の教育を受けていて、いま達者に日本語を話して、韓国発展の基盤に貢献できた自負があるらしく、堂々と自己主張をされている姿が逞しく嬉しいものです。
思えば15年ほど前にお会いした、こうしたお仲間の方々は、表立っての統治時代は無視をしていた記憶があって、さらには理解している日本語さえも、あえて使わない方がたくさん垣間見れました。
今日初めてお会いしたロータリアンのお二人も、80歳代後半の方でしたが、以前の世相とはまったく違って、積極的に日本語を活用して、公然と話しかけてくれる姿勢がありました。
若い方からはあえてなのか、英語で気さくに挨拶されて、素敵な笑顔で親しく言葉を掛けてくれることが嬉しく、世代交代の波が確実に押し寄せて、対岸の日本を親しくする方から、世界を見据えた若い世代が活躍する社会に変容している国に感じます。
我々も日本語を話せる世代の方に、甘えすぎている帰来があるのですが、積極的に英語を駆使する世代を構築できなければ、国際社会から取り残される心配も感じました。
英会話先進国として、東南アジア圏でも取り残される気配が十分あることを、何度かの海外訪問をして懸念させられ、せめて自身も機会を見つけて日常会話を気軽に使えるようになってみたいものです。